第4話 聖女

「大丈夫ですか! 旅のお方」

「……ん」


 目を覚ましたとき、自分がいる場所が牢屋じゃなくて心底ほっとした。

 木造の部屋で、窓からは心地のいい光が入っている。

 このまま、二度寝できたら気持ちがいいだろうな。あぁ、そういえば何をしていたんだっけ。どうして、ここにいるんだっけ。


「アンズ!」

「ちょっとすぐに起き上がらないでください」

「アンズは!」


 目の前には神官の姿をした女の子がいた。歳は同じくらいだろうか。だけど俺よりもしっかりしていそうだ。


「アンズ、アンズは! 小さい子だよ。小学生くらいの」

「小学生ってなんですか?」


 小学生という概念がないのか。

 あぁ、なんて説明したらいいのか。


「お兄ちゃん!」


 聴き慣れた声が聞こえてきた。ベッド脇で膝を抱えて座っていた。フードはしっかりとつけたままだ。

 俺はほっと胸を撫で下ろした。

 

「大丈夫だったか」

「あのね、あのね。このお姉ちゃんがここまで運んできてくれたんだよ」

「ここまで?」


 そんな、俺だって男なんだから重いはず。

 それをこの人は運んだっていうのか。大変だったろう。


「すみません。ありがとうございます」

「い、いえ」


 神官は横髪を指でいじった。


「わ、私ですね。昔から力だけはあって……。そのせいでからかわれる事もあるんですけど。その」

 

 神官は聞いていない事まで話した。それはいいのだが、本当にデカかった。色々と。

 モデルのように高身長で、女性にしてはガタイがよかった。

 おそらく俺よりも背が高い。


「本当に助かりました」


 俺はお礼を言うと、すぐに立ち上がった。


「あの、名前は」

「に、ニーナです」

「ニーナさん、ありがとう」

「あなたの名前は」

「俺は、レアンです」


 ここで身が隠せたのなら、早くここから逃げないといけない。

 早く逃げなければ。追手が諦めたとは思えない。


「もう行きます」

「レアンさん。今はまだ動かない方が」

「でも、もう行かないと」

「私の魔法で疲労はある程度取れましたけど、まだ休んでください」


 ニーナはキリッとした口調でいった。先ほどのオドオドとした口調とはかけ離れていた。

 

「理由はわかりませんが、追われているのでしょう?」

「なんで」


 もうばれたのか。この人は、敵か。

 そんなことを一瞬考えてしまった。

 こんな生活をしていると、疑心暗鬼になってしまう。


「ここは外部の人間が簡単には立ち入ることができません。神聖な空間なんです」

「……でも」


 ニーナは立ち上がった。俺よりも目線が高くなる。ちょうど目の前にニーナの胸元だ。

 威圧感がすごい。色々と。


「せめて今日1日は、ここにいた方がいいです。追手もここら辺を探すことは諦めるでしょうから」

 

 そう言われると、言い返せない。

 捜索の手は日毎に広がっていくはずだ。だから今日よりも明日の方が、追われた地点よりも遠くを探すはず。ここの危険性はなくなっていく。


「お願いします」


 お願いをされた。本来、こっちが頭を下げるような話なのにニーナは懇願するような目で俺を見た。


「でも、迷惑になります」

「人を思いやれる人を助けない聖職者はいませんよ」

 

 お礼の言いようがなかった。この人は優しい。


 ——でもまだ、この人はアンズがリトス人だということを知らない。


「1日だけ、かくまってもらってもいいですか」

「ぜひ!」


 ニーナは花が咲くように笑ってくれた。

 カモミールのように、純粋で温かい笑み。

 俺はその笑顔を、素直に受け止めることはできなかった。


 *     *     *


「すみません。ご馳走になって」


 夜、俺は教会でご飯を食べていた。

 パンと温かいスープ。

 当たり前のような食事が、今では宝石のように大切に思える。


「皿洗いやっておきます」

「いえいえ、気にしなくても」

「これくらいやらせてください」


 お金も、何もない俺には返せるものがない。

 だからせめて皿洗いだけでもしたかった。ニーナはそれを察してくれたのか、何も言わずに頷いてくれた。


「そうだ、アンズちゃん。お、お風呂があるんだけどね。よかったら入らない?」

「入る!」


 ニーナに案内されて、アンズがお風呂場へと向かっていく。

 何やら話していて、わずかにキッチンまで聞こえてくる。


「お風呂だ!」

「あ、あまりはしゃいで転ばないようにね」


 穏やかだな。と痛感する。

 自分は追われていて、明日の行き先も決まっていないのに。

 いつまでも、こんな日が続けばいいのに。


 そう思ってしまった。


「一緒に入ろうね。お、お姉ちゃんが背中を洗ってあげる」

「やった!」


 ニーナの言葉を聞いた瞬間、俺は冷や汗が身体中から流れるのがわかった。

 

 このままだと、アンズがリトス人だとバレてしまう。


「アンズ! フードを脱ぐな!」


 俺は慌てて風呂場へと駆け込んだ。

 そして遅かったのを後悔した。

 風呂場ではタオルを体に巻き付けたニーナと、フードを外したばかりのアンズがいた。


「アンズちゃん……。その耳」


 あぁ、神様。もしいるのなら時間を戻してください。


 そう願わずにはいられなかった。

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