第2話 武器を持たない女騎士

 追手から逃げた俺たちは、道中に見つけた遺跡で休憩することにした。

 ストーンヘッジ、みたいな空間だった。


「これは」


 ただ、奇妙な形の石がゴロゴロと落ちている。中にはペットボトルみたいな石や、人間みたいな石もある。

 俺は気味が悪くて、その場から離れた場所に座った。ちょうどいい場所に半楕円形の岩があった。


「それ、人だよ」

「え」


 俺はこの場所に先客がいたということと、自分が座った場所が人だという事実に驚き、飛び上がった。

 

「この場所は石化の祭壇って言ってね。一日いるだけで全身が石に覆われるんだ」


 声の主は、俺が座った岩と同じような形の岩に腰掛けていた。

 金色の色の髪は夜風に揺らいで宝石のようなのに、小麦のような温かみもある。

 不思議な女性だった。小説で読むような鎧を身につけている。騎士だろうか。

 だけど剣を持っていなかった。女性の周りにもそれらしいものは見つからない。


「君は私と同じくらいの歳か」

「あぁ。そうだけど」


 俺は足にしがみつく少女の肩に手をおいた。


「ここから離れた方がいい。その子の親でしょ。心中するつもり?」

「親!?」


 騎士はこっちの話には興味がないようだった。岩から動かず、ただ夜空を見つめている。


「あんたも離れた方がいいんじゃないか」

「私はいいの」

「いいって……石になっちまう」

「もう足まで石よ」


 俺は息を呑んだ。なぜこの騎士が動かないのか、その理由がわかった。騎士の足元は膝下まで石で覆われている。


「ここにいると死ぬんじゃないのか」

「星を見ながらね」


 騎士は切なげに空を見つめている。その瞳の奥には炎のような怒りがある気がした。

 

 どうするべきか。


 自殺は止めたい。でもどうやって。


 俺よりも先に動いたのは、少女だった。


 さっきまでしがみついていた俺の足からいとも簡単に離れると、次は騎士の足にしがみついた。


「死んじゃだめ」

「な、なにしてるの。やめてよ」

「怖いんだよ。苦しいんだよ」


 少女はついさっきまで味わっていた恐怖を言っているのだろうか。

 

 死、その体験を俺はよく知っている。もうすでに一度死んでいるのだから。


「やめときなよ」


 俺は騎士の前に膝をついてしゃがむと、岩を軽く殴ってみた。

 

「やっぱり表面だけなんだ。まだ壊せるかも」

「二人してやめてくれ」

「いいじゃないか。もう少しくらい生きてみても」

「嫌なの!」

 

 地面に、水滴が落ちていった。

 すぐに水滴の周りに石が形成されていく。まるで蛇が獲物を丸呑みするような、異様な光景だった。

 このままでは騎士も同じことになる。


「もう生きたくない! もう人を殺したくない、殺されたくない」

「殺した?」

「騎士なのよ。剣を持って昨日まで戦っていたわ」


 夜だから気づかなかったが、よく見ると騎士の足や腕には無数の傷があった。それも生傷。


「戦って、戦って。疲れてここまで逃げてきたの」


 騎士は泣きじゃくっていた。手で涙を拭うたびに、重々しい鎧の音が鳴り響く。


「だから死なせてよぉ」

「嫌だ」


 俺は硬いものが何もないため、ベルトを解いた。

 服は元いた世界と同じ、シャツとネクタイと紺色の革ジャン。ズボンにだってベルトが巻かれたままだった。

 俺はベルトのバックルで石を砕いていく。


「俺は一度死んだことがあるんだけどさ」


 そんないい記憶じゃない。疲労がピークだった日のことだ。


「あんまいいことないよ。一瞬で死ねないし。苦しいし」

「生きている方が辛い」

「でも楽しくできる」


 俺は最後の石を砕くと、騎士の瞳を見つめた。


「俺はそう信じてる。じゃないと俺だって今すぐ死にたいさ」


 異世界でチートもない、あるのは仕事道具のバイクだけ。怪我もするしひどい風邪もひくだろう。

 

 だから騎士に向けた言葉は、俺に向けた言葉でもあった。


「お姉ちゃん、死んじゃったら星見れないよ」


 少女は涙を浮かばせながら、騎士の腕をきゅっと掴んだ。


「……そうだな」


 騎士は立ち上がると、夜空を見上げた。


「まだ明日くらいは、星を見ることにする」


 *     *     *


 翌日、俺たちはストーンヘッジから離れた草原の上で目を覚ました。

 人生初の野宿は、色んなことが起きたせいで疲れなかった。この世界に来る前なら、野宿は辛かっただろう。

 アンズはフードを深くかぶっていた。そういえば、昨日からずっとフードをしている。


「そういえば、名前を言っていなかった。騎士としていけないな」


 騎士は元気に笑った。元々、こっちの方が素なのだろう。上品な姉御肌と表現したくなるような口調だった。


「私はイリス。オルタンシア・イリス。王家オルタンシアの姫だ」

「お姫様!?」


 俺は口から唾が噴き出すのを止められなかった。

 少女に至っては羨望の眼差しでイリスをみている。


「でも騎士じゃ」

「王位継承権はないんだ。それに魔剣の腕前のせいで、私は戦争に出陣させられていてね」

「お姫様が戦争」

「うちは複雑なんだ。それより君たちの名前は?」

「私ね! アンズ!」


 少女はイリスをすっかり気に入ったらしく、飛び跳ねながら答えている。


「君は」

「俺、俺は……」


 そういえば、名前は元いた世界のものでいいのだろうか。

 いや、せっかくなら新しい人生を歩もう。

 この世界を楽しむための第一歩だ。

 

「名前はないんだ。今から付けようかな」

「記憶喪失?」

「いや、俺の人生もここから始めようと思ってさ」

「そういうことなら、名前をつけようか」


 イリスの提案に、アンズは「私も!」と言って笑った。


「イチゴ! ユリ!」

「果物の名前?」

「わかんない。でも私の周りみんなこんな感じの名前!」

「なんだか日本みたいだな」

「日本?」


 アンズは首を傾げた。


「そうだ。レアンはどう?」

「レアン?」

「あぁ、イリスとアンズを合わせたんだ」


 レアン。


「お兄ちゃん、レアンにしよ。レアン」


 アンズはすっかりレアンという名前が気に入ったらしい。本人の気持ちそっちのけでレアンと呼んでくる。

 実際、嬉しかった。


「レアンがいい。ありがとうイリス」


 イリス、と呼び捨てにしてから姫様だということを思い出した。


「いや、イリス様といった方がいいのか。それよりも敬語を使った方が……?」

「堅苦しいのはやめてほしいな。私はこれから姫だということを捨てて旅に出ようと思う。何か生きる目的が見つかるかもしれない」

「そうか」

「君はどうするんだ」

「俺、俺は」


 異世界にきてまだ日は浅い。この世界のことを何も知らない。

 どうしようか迷っていると、目に入ったのはアンズだった。


「俺は、アンズを近くの街まで届けてくるよ。そうしたらアンズの知り合いが見つかるかも」

「なら、オルキデという街が近い」

「ありがとう。行ってくるよ」


 イリスは笑うと、踵を返した。俺たちとは別の場所に行くらしい。


「そういえば、剣は?」

「もういらないよ。殺すための道具はいらない」

「でも武器もないなんて」

「魔法はできるんだ」


 するとイリスは手のひらから粉のように細かい雪を大量に出現させた。

 日の光に照らされ、キラキラと輝きながら落ちていく。


「自衛くらいは、大丈夫」


 イリスはそういうと、旅立った。

 何度も振り返って手を振ってくれた。アンズも力いっぱいに手を振り返す。

 やがてイリスの姿が小さくなると、俺たちはバイクに乗った。

 アンズは荷台の箱に乗る。荷台に乗ったアンズは小動物みたいで可愛らしかった。


 本当に、俺はこの世界を知らない。


 魔法も剣術もできないことに不安を抱きながらも、俺はバイクを走らせたのだった。


 


 

 

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