異世界郵便屋〜手紙と少女を運ぶことになりました〜(休載中)

柊織之助

第一章

第1話 旅立ちのクラクション

「助けてぇ……。お願いだからぁ……」


 目の前の少女は涙を流していた。それも固形の。

 俺は透明な宝石みたいなものが地面に何個も落ちる光景の前で、動けなかった。

 だってこんなこと、元いた世界じゃなかった!


「一人にしないで」


 元いた世界なら小学生くらいだろうか。この世界で年齢が見た目じゃないことなんて理解しているが、それでも子どもだろう。

 少女は震える手で俺のズボンを掴んだ。


 近くに迫ってきているのは聞いたことのない轟音だった。大砲のような音だが、音がする方角からは雷のような光が放たれていた。

 

 まさかここに来ようとしているのか!?


 たまったものじゃない。今すぐここから離れられれば助かるかもしれない。転生開始一秒でなんで命の危機に陥っているんだ! チート能力はどこだ!


 俺は頭の中で必死に考えた。


 この少女は確実に荷物だ。俺が持っている移動手段はバイクだけ。郵便配達用で、二人乗りじゃない。どうやっても乗せられない。

 

 じゃあ置いていく? 見捨てるっていうのか。


 見捨てるなんてこと、道徳じゃ習っていない。


 俺は少女の手を掴んだ。少女が目を見開き、綺麗な銀髪が揺れた。

 

「逃げよう」

「で、でもどうやって」

「運ぶのは得意なんだ」


 俺は少女を抱えると、バイクの荷台の蓋を開けた。いつも大量に入っているはずの手紙はない。

 手紙の代わりに少女を乗せ、俺はバイクのエンジンをかけた。


 エンジン音がなり、赤い車体が小刻みに震える。


「止まれ!」


 心臓ごと身体中が跳ね上がった。後ろにはゲームに出てくるような、いかつい銃を構えた兵士が何人もいる。

 

 やばいやばいやばい。


 俺にはチート能力がないんだ。元の世界にいた時だって、ろくに部活もやっていない。配達のバイトに明け暮れていた。

 武道も、勉強もやってこなかったことを、今後悔していた。


「お兄ちゃんどうしよう」


 少女はいつの間にか、俺のことをお兄ちゃん呼びしていたが、それすらも気にしていられなかった。

 

 アクセル全開で逃げるか? いやあの銃からはきっと逃げられない。一瞬だけでも隙があれば……。


 どこかに隙が。


「その魔導兵器から降りろ」


 その声を聞いた時、俺は絶望した。目の前からも兵士が出てきたのだ。360度全て囲まれた。


 ——隙がなくなった。


 魔導兵器が何かは知らないが、そんなに強そうなものなら嬉しかったよ。

 こっちはただ進んで止まるだけの機械なんだ。あんたたちが持っているような強い兵器じゃない。


 思考に集中していき、焦りで周りの音が聞こえなくなってくる。


「お兄ちゃん!」


 俺の意識が戻された。


 ——音だ。


「名前がわからなくて悪いんだけどさ。君、耳を塞いでおいて」


 隙がないなら、作ればいい。

 無能なら、頭を使え。それが魔法も、チートもない人間がしてきた唯一の力のはずだ。


 少女はウサギのように小さな体を恐怖で震わせながら、耳を塞いだ。

 俺は大きく息を吸ってから、クラクションのボタンを押した。


「なんだ!?」

「魔法攻撃か」


 違う。そんな大層なものじゃない。

 ただの音さ。


 俺はアクセル全開で人の海に向かって走った。

 避けてくれ、異世界での人身事故は法律がわからないんだ。あいにく教習所では異世界を習わなかったんでね。


「避けろぉ!」


 狙いは的中した。

 さっきまで銃を持って俺たちを睨み付けていた兵士は逃げ出した。挙げ句の果てに銃を投げ捨てる奴もいた。


「避けないと危ないぞ!」


 俺はそのまま一気に兵士の群れから抜け出すと、平原に出た。

 追手はまだきていないようだ。


「お兄ちゃん、すごい! すごいね」


 少女は誕生日プレゼントをもらった子どものように笑った。

 その笑顔をみると、命をかけて良かったと思える。 


「だから言ったろ。運ぶのは得意なんだ」



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