100.山の天気は変わりやすい

 必要な素材を揃えた俺たちは、すぐに下山を始める。

 ドラゴンとの激戦もあり、疲労が溜まっている状態だから、本音を言えば休みたい。

 だけど、急ぐのには理由があった。

 現在の天候は晴れ。

 雲も少なく非常に穏やかで視界も良好。

 この状況が続いている間に、最も危険な区間を抜けておきたい。

 今のペースさえ保てれば、日が昇っている間に中腹にたどり着けるはずだ。


「寒さは相変わらずだけどな」


「そこは仕方がないよ。日があるだけマシだと思おう」


「だな! これで吹雪いてたら最悪だ」


 キリエの言う通り、吹雪に見舞われるのが一番嫌なパターンだ。

 吹雪は寒さを倍増させ、視界を遮ってくる。

 連戦を終えた今の俺たちにとって、吹雪こそ最大の敵となりえる。

 ただ、幸いなことに天候は味方をしてくれている。

 このままもってくれと心の中で祈る。


「少し風が出てきたな」


「うん。雲も増えてきたよ」


 問題の区間に突入して数分後。

 俺とミアは天候の変化を感じ始めていた。

 とはいっても、まだ荒れているわけではない。

 

「少し急ごうか」


 俺たちは歩くペースをあげた。

 さらに下山していく。

 時間が経つにつれ、徐々に風が強くなってくる。

 雲も増えていき、雪もパラパラと降ってきていた。


「嫌な感じ……」


「ああ」


 ユイがぼそりと口にしたことを、俺を含む全員が感じていた。

 一旦山頂へ戻るか、という提案も出た。

 山頂なら吹雪に見舞われる心配もないし、寒さにだけ気をつければ夜も越せられる。

 ただ、すでに距離が離れすぎていて、戻るには時間がかかってしまう。

 俺たちは下山を急ぐ。

 何とかギリギリ間に合ってくれと、祈りながら進んでいく。

 しかし、残念ながら祈りは届かなかったらしい。

 最も危険な区間を抜ける前に、俺たちを激しい吹雪が襲った。


「ぅ……やばいなこれ」


「前が見えないよ」


「寒い……痛い?」


 視界は吹雪で完全に閉ざされてしまった。

 もはや安全に下山することは叶わない。

 そうは言っても、こんな状況で立ち往生なんてしたら命に関わる。


「シンクさん、どうしますか?」


「進む……しかないでしょう」


「わかりました。では、わたしの加護で身体を強化します」


「お願いします」


 ミレイナが聖句を唱え、加護を全員にかける。

 単純な肉体の強化だから、寒さに強くなったわけではない。

 それでも十分に効果はあったらしく、身体が軽くなったように感じる。


「長くはもたないと思います。今のうちに吹雪を抜けないと」


「ええ。急ぐぞ皆」


 俺の言葉に頷き、吹雪の中を突き進んでいく。

 ミレイナの加護がなかったら、疲労と寒さで動けなくなっていそうだ。

 吹雪の中を進みながら、俺はふと思い出す。

 山の天気は変わりやすいという言葉を、どこかで聞いたことがあったな。

 まさにその通りだと実感させられている。

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