93.イナズチ

 イナズチが姿を見せる。

 白銀の毛並みが風でなびき、青い目がこちらを睨んでいた。

 遠目でもわかる迫力は、俺たちを一歩下がらせる。


【ぼさっとすんな! 来るぞ!】


 ベルゼの声が響く。

 次の瞬間、イナズチは俺たちの視界から消える。

 危険を察知したときには手遅れ。

 稲妻のごとき一撃が、俺たちに襲い掛かる。

 すでに回避は間に合わない。

 ならば――


「ベルゼ!」


【わかってんぜ!】


 雷撃で抉れる地面。

 煙のように舞った雪の中で、イナズチだけが佇んでいる。

 イナズチがゆっくりと視線を向ける。


「これは一体……」


「え、えっ?」


「私たちどうして……」


 混乱する三人に、ユイが教える。


「二人が助けてくれた」


 そうして、四人の視線が俺に集まる。


【あっぶねぇ~ ギリギリだったな】


「ああ」


 右目に宿った紫の炎。

 俺とベルゼの魂が融合した証拠であり、魔王の力の象徴でもある。


 憑依重魂――

 俺の身体をベルゼの魂に貸し与え、一時的に魔王の力を行使する。

 間一髪で発動させ、自分と彼女たちを転移させた。

 ベルゼがいなかったら、今の攻撃で終わっていただろう。


【どうすんだ? このまま戦っちまうか?】


「いや駄目だ。一旦憑依を解くぞ」


【ちっ、まぁそっちのほうが賢明だな】


 憑依重魂は強力だが、長時間持続できない。

 しかも限界まで発動すると、身体が自由に動かせなくなる。

 このクエストが終わっても、探索しなくてはならない場所が残っている。

 ここで全てを出し切るわけには行かない。

 俺は憑依を解き、ベルゼがランタンに戻る。


「ぐっ……数秒でこれか」


 一気に疲労感が押し寄せてくる。

 憑依していた時間は十秒もなかったはずだ。

 たったそれだけの時間でも、身体中の骨が軋んでいる。


「大丈夫かよシンク!」


「平気だ。それより気を抜くな」


 キリエがハッと気付いて槍を構える。

 イナズチはじっとこちらを睨んだまま様子を伺っている。

 彼女たちではなく、俺を警戒しているようだ。

 しかし、お陰で体勢を立て直す時間が稼げたぞ。


「俺とユイで援護する! ミアとキリエで斬り込んでくれ!」


「了解!」


「おう!」


 ミアとキリエが武器を構え、俺たちより一歩前に出る。

 ユイも杖を構えて臨戦態勢だ。


「ミレイナさん、二人に光の加護を付与してください」


「はい! 主よ――我が同胞に魔を祓う資格を与えたまえ」


 ミレイナの祈りによって、ミアとキリエの身体が強化される。

 これで少しはイナズチの速度にも対応できるはずだ。

 特にキリエは、自分も相当な速度で移動できるし、速い動きもちゃんと注意すれば目で追えるだろう。


「よし――第二ラウンドだ」

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