30.決着

「ぐっ……」


 顔を殴られたガランは、後ろへ倒れこむ。

 右手に持っていた剣が転がる。


「ちっ――」


 立ち上がるより先に、離してしまった剣を拾おうとする。

 手を伸ばして届きそうな所へ、矢の雨が降り注ぐ。

 矢は地面に突き刺さり、壁のようになって彼の手を妨げた。

 ガランは視線を上にあげる。

 そこには――


「終わりだ」


 弦を引き絞り構える俺が立っていた。

 矢の先はガランに向いている。

 俺が弦から手を離せば、彼の頭に刺さるだろう。

 つまり、決着がついたんだ。


「俺の勝ちだよ、ガラン」


「っ……くそがっ!」


 ガランは悔しそうに地面を叩いた。

 途中まで勝ち誇っていたし、相当心にきていることだろう。

 見守っていたミアたちは安堵の表情を浮かべている。

 反対にティアラたちは、目の前の光景を信じられなくて固まっていた。

 対極な反応が見受けられる中、俺は弓を降ろして言う。


「約束通りユイは解放してもらうよ。それから俺が勝ったらって話だけど――」


 ガランが勝てば、俺たちの持っている魔道具を献上する。

 俺が勝った場合は、彼らの全財産を受け取る。

 そういう賭けをして、俺たちはこの決闘に挑んだ。

 勝者は俺で、敗者はガラン。

 俺には彼らの全財産を受け取る権利がある。


「全財産なんていらない」

 

「なっ……何だと?」


「お金なんていらないよ。ただ……二度と俺たちには関わらないと誓ってほしい。俺がほしい物はそれだけだ」


「っ……」


 ガランは表情がさらに歪む。

 おそらく、俺に情けをかけられたと感じたのだろう。

 俺はそんなつもりもなく、決着がついたことに安心し、弓と矢をおろしていた。


 そこへ――


 ガランは懐からナイフを取り出し、俺の顔に向かって突き刺そうとする。

 突然のことで反応が遅れた俺は、回避が間に合わないと悟る。

 ミアとキリエが助けに出ようと踏み出しているが、それもギリギリ足りない。

 ナイフの切先が俺の右目に向かう。


「止めたまえ!」


 重く野太い声が響く。

 ガランはぴたりを動きを止め、ナイフの切先は俺に当たる前に停止する。

 全員の視線が、路地の向こうから歩く彼に向けられる。


「リガール支部長?」


「やぁシンク君、間一髪だったようだね」


 リガールは穏やかな表情で俺に話しかけてきた。

 さっきの重い声が別人に思えるほどだ。

 しかし、この状況は良くない。

 ギルド会館のトップに街の中で戦っているところを見られてしまった。

 俺は慌てていい訳をしようと口を動かす。


「こ、これはその……」


「説明は不要だよ? 大体の事情は把握しているからね」


 リガールはそう言って微笑む。

 この状況でどうして優しい顔が出来るのか、俺にはわからなかった。

 彼は続けて言う。


「疲れているだろう? 君たちはもう帰りたまえ」


「えっ、でも……」


「大丈夫だ。君たちに罪はない」


 リガールはガランに視線を向ける。

 俺に向けた視線とは違う。

 冷たくて怖い目だ。


「君たちはギルド会館に来たまえ。そこでじっくり事情を聞こう」


「っ……はい」


 ガランは下唇を噛み締めながら頷いた。

 ティアラもようやくユイを解放する。

 そのままノソノソと歩き出して、路地へと向かう。

 すると、その途中で新しいメンバーの女性が、こちらに近づいてきた。


「あの……これどうぞ」


 そう言って差し出してきたのはヒールポーションだった。

 しかも瓶の形からして高いやつだ。


「えっ、くれるんですか?」


「はい。昨日は助けていただいたお礼です」


「助けた? ああ、黒竜と戦ったときに」


 女性はこくりと頷いた。

 そうして、彼女はガランたちの元へ戻ろうとする。


「待ってください」


 そんな彼女を声で引きとめた俺は、彼女に尋ねる。


「名前を教えてもらえませんか?」


「ミレイナです」


「俺はシンクです。ポーションありがとうございます」


 俺が会釈をすると、ミレイナは優しく微笑んで頭を下げた。

 どうやら彼女は普通に良い人らしい。

 ガランたちのパーティーにいてイジメられないか心配だ。


「シンク!」


 ガランたちが去っていくと、代わるようにミアとキリエが駆け寄ってきた。

 無茶をするなとか、怪我は大丈夫だとか、色々と心配されてしまったよ。

 そして、遅れてユイが近寄ってくる。

 彼女は申し訳なさそうに顔を伏せ、少し離れた場所で立ち止まる。


「ごめん……なさい」


 捕まってしまった責任を感じている彼女に、俺はそっと頭をなでて言う。


「ユイは悪くない。それより無事で良かった」


「うん……」


 ユイは涙ぐみながら頷いた。

 こうして、俺たちの長い一日が終わる。

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