98:心配していたから、確認したいのです
『お坊ちゃまは、目を離すとろくなことをしませんね』
「いや、ぐうの音も出ないけど、さすがに言い過ぎじゃない?」
『旦那様も心配されておりました。そのため……』
「ん? あれ、どうした? おーい、御手洗?」
急に電話の向こうの声が聞こえなくなり、俺は電波が悪くなったのかと、何度か呼びかける。
切れたわけじゃないと分かったのは、何か動くような音が聞こえてきたからだ。
「みたらーい。どうした? 誰かに襲われたか?」
襲われていたとしたら緊急事態だが、御手洗だからその心配はないだろう。
心配せずにのんびりと呼びかけていれば、さらにごそごそと物音がしてくる。
「……もしかして、エレベーターに乗っている?」
その音に聞き覚えがあり、俺はそれを口にする。
一之宮家にもエレベーターはあるけど、それは料理や掃除をする際に使われるものだけだ。
御手洗が使うものでは無いはず。
「え、新たにエレベーターつけた? 全く聞いていない」
俺が薔薇園学園に来ている間に、大幅なリフォームでも行ったのだろうか。
別に構わないけど、一応知らせて欲しかった。
正嗣だって何も言ってくれなかったのは、知らせる必要ないと思われたからか。
「おーい。御手洗、そろそろ返事して……ん?」
未だに何も言ってくれない御手洗に、そろそろ返事してもらおうと、さらに声をかけたのだが。
返事は無く、俺の部屋のインターホンが鳴った。
今日は休みなのに、誰が訪ねてきたのだろう。
俺は無視することも考えたけど、急用だったら困るから、とりあえず出ることにした。
「……ちょっと待て。今開ける」
焦れたのかもう一度チャイムが鳴ったので、俺は慌てて扉の所へと走る。
スマホを手にしたままだったけど、来訪者をすぐに追い出せばいいだろう。
俺様の仮面をすぐに被り、俺は面倒くさげな風を装って扉を開ける。
そうしている間にも、チャイムをもう一度鳴らされた。
「ちょっと待てって言っているだろ。少しも待てないのか」
短気な人だと思いつつ、文句を言いながら開ける。
そして扉の先に立っていた人物を視界に入れ、驚きすぎて顎が外れるかと思った。
「え、は? 御手洗? はああ?」
「お久しぶりです、お坊ちゃま。相変わらず、間の抜けた顔をしていらっしゃいますね」
扉の先でスマホを耳に当て待っていたのは、久しぶりの御手洗だった。
俺の姿を見て、そしてそのまま減らず口を叩く。
こんな状況なのに、いつも通り過ぎて俺はそのまま笑ってしまった。
「はは。何しているの。え。本当に何で?」
「自分で考える気は無いのでしょうか。そうやって、すぐ答えを求めて」
「だって分からないし。教えてくれた方が早いでしょ。まあ、いいや。とりあえず中に入ってよ。中で話をしよう」
「立ち話もあれですからね。まさか紅茶ぐらいは出してくれるでしょう」
何故来たのか教えてくれず、そして厚かましい。
俺は呆れたけど、それ以上に久しぶりに御手洗の姿まで見られて、嬉しくて顔がにやけてしまう。
「しょうがないから、紅茶淹れてあげるよ。ソファに適当に座ってて」
御手洗がソファに座ったのを確認すると、俺はキッチンに向かい紅茶を淹れる。
弟の時以上に作業が丁寧になってしまうのは、御手洗が相手だから仕方のないことだ。
紅茶の淹れ方を教えてくれたのだから、少しでも間違っていたら、美味しくない判定をされてしまう。
不味いなんて言われたら、しばらくは立ち直れない。
教えられたことに忠実に淹れ終え、俺はいい香りを漂わせるカップを運ぶ。
「はい、どうぞ」
「…………まあ、いいでしょう」
御手洗なりの及第点をもらい、俺は見えないところでガッツポーズをした。
「それで、どうしてここにいるの?」
真正面に座り本題に入れば、カップを置いた御手洗が1枚の紙を差し出してくる。
「これは?」
「1週間の滞在許可証です」
「それはつまり、1週間御手洗が学園に滞在するってこと?」
「そういうことになりますね」
「ほ、本当にっ?」
そこに書かれている滞在許可証という文字に、俺は嬉しくなって思わず大きな声を出してしまった。
御手洗と話をして、こうして話をしているだけでも幸せを感じるのに、1週間も一緒にいられるなんて。
もしかして夢でも見ているのではないのか。
「何をしていらっしゃるのですか」
「ん? 夢か確認するために、頬を抓ってみた。痛い」
「現実ですよ。まだ寝ぼけているのですか?」
御手洗に呆れられてしまったが、こうして確かめたくなるぐらい現実味が無かったのだ。
「……嬉しい」
頬の痛みに現実だと分かれば、あとは嬉しさしか残らない。
演技をしなくてもいい気安さもあって、素直な言葉を口にすれば、御手洗の目が見開かれる。
そして大きなため息を吐かれてしまった。
「全く、お坊ちゃまは変わっておられませんね……」
弟といい御手洗といい、人の顔を見てため息を吐くなんて、ものすごく失礼である。
でもこの場に御手洗がいることの方が大事なので、にやけた顔になってしまうのを止められなかった。
また、ため息を吐かれる。
そろそろ怒ってもいいかもしれない。
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