97:久しぶりに話をするのは勇気がいるんです
「よし、かけるぞ………………今、かけるぞ…………………………もう少ししたらかけるぞ……」
俺はスマホを手にし、何度も電話をかけようと挑戦して、何度もくじけていた。
弟に御手洗が心配していると言われてから、そんなわけがないだろうと思いながらも、ものすごく気になって仕方がない。
だから確認をするために、何度も家に電話をしようとしているのだけど。
「うわあ、なんでこんなに緊張しているんだ。俺」
スマホを前にして、俺は緊張して電話をかけることが出来ずにいた。
番号を表示して、あともう一回画面を押せば電話をかけられるところまでは来ている。
でもその、もう一押しが俺にとってハードルの高い行動になっていた。
電話をかけて出た人に、御手洗を呼ぶように頼む。
そして少し待ったら、御手洗の声が聞こえてくる。
そう想像してしまえば、胸がむずがゆくなって、今にも叫び出したくなった。
「でも、御手洗と話したい」
でも電話をかけるのをやめる選択肢は、どこにもない。
「声が聞きたい」
俺は覚悟を決めて、震える指で画面を押す。
コール音が鳴り、自然と姿勢を正してしまう。
スピーカーにしているので、目の前に置いておいても声は聞こえてくる。
『……もしもし』
「! も、もしもし……!」
まさかの電話を出たのは、御手洗だった。
その可能性は全く考えていなくて、俺はものすごく動揺しながら声を出す。
『……お坊ちゃまですか。お久しぶりです……』
電話の向こうの御手洗も、少し驚いた様子だった。
こうして話すのは、本当に久しぶりなのだ。
緊張から唾を飲み込んで、俺はなんてことのないように明るく話す。
「ほ、本当に久しぶりだよね。学園に入ってから、家に帰っていないから、顔も見ていないし」
『そうでしたね。あまりに会っていないから、お坊ちゃまの顔を忘れるところでしたよ』
「それは酷くない?」
俺がいつも通りに話したおかげか、御手洗もいつも通りに返してくれる。
くだらないやり取りに、そこまで昔のことじゃないのに懐かしさを感じてしまう。
何故か涙がにじんできて、軽く指でぬぐう。
「この前、正嗣が来たよ。御手洗、今は正嗣についているんだって?」
『ええ。仕えるべき対象がいなかったので、旦那様に命令されました。薔薇園は使用人を連れてくるのは禁止されていますからね』
「それって、もし禁止されていなかったら、俺と一緒にいてくれたってこと?」
『さあ、どうでしょうね。その時は逃げていたかもしれません』
「ははっ、御手洗らしいね」
あんなに話すことが出来なかったのが嘘みたいに、普通に話せていることが不思議だ。
やはり御手洗がいないと、俺はどうしようもなくなってしまう。
『学校はどうですか? 怪我をしたと聞きましたが』
「楽しいよ。新しく仲良くなった人も出来たし、生徒会の手伝いとかをしたりしている。
怪我したのも、まあ作戦のうちでもあったし、病院で検査してもらって大丈夫だって言われたから」
『……連絡があった時は肝を冷やしました。また何かをやらかしたのではないかと』
「俺はやらかさないよ。失礼だなあ」
『説得力がありませんね』
本当に心配してくれているのが分かり、俺は嬉しさから頬が熱くなるのを感じる。
「まだ傷はあるけどね。痛みとかは全く無いから、平気平気。……あ、父親にも話は通じているんだよね? 大事にはなっていない?」
『安心してください。きちんと抑えましたから』
「それは安心出来ないね。大丈夫だって連絡入れておくよ」
『そうしていただけると幸いです』
意外に父親も、俺を心配していたらしい。
もし介入されたらビジネス的に面倒な事態になるので、釘を刺しておこうと心の中で決める。
「……御手洗、俺ね。まだ唯一の味方、決められていないんだ」
昔と変わらず話せると分かったからこそ、気まずい原因となった話題に切り込む。
『……そうですか。また随分と行動が遅いですね』
呆れ混じりではあるけど、怒ってはいないみたいで良かった。
俺はいつの間にか震えていた手を、ゆっくりと握りしめる。
「誰か一人いればいいって思っていたけどね。みんなが、もっと頼って欲しいって言ってくるんだ。俺、気づかないうちに、壁を作っていたのかな?」
『……壁を作っているわけではないでしょう。ただ、1人でたくさんのことを抱えこみすぎなのです。だから、その危うさを心配しているのですよ。今回の件なんて、とてもいい例です』
「何とかしたいとは思うんだけどね。でも、1人でどうにかした方が、楽なんじゃないかって思っちゃうんだ」
『確かにお坊ちゃまは、1人でも解決できる能力を持っておられます。しかし、そう全てがう上手く解決するわけではございません。怪我をすることだってあります。お坊ちゃまは怪我ぐらい平気だとおっしゃるかもしれません。しかし、周りがどう思うかを考えたことはありますか?』
「周りが……」
『それが分からないのであれば、あなたはその程度の人だったわけですね』
御手洗の指摘は、俺によく響いた。
俺は軽く目を閉じると、そっと囁くように御手洗に話しかけた。
「……ありがとう、御手洗と話が出来て良かった」
『そうですか』
素っ気ない言葉だったけど、その声色は温かいものだった。
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