68:好きな人は誰ですか?




「誰から話す?」


 話題と決まり事ができたのはいいけど、そこから進まなかったから、何故か俺が話を促す役目になった。


「あー、そうだなあ。おい、誰からにする?」


「わ、私に聞かないでくださいよ。朝陽か夕陽が話してはどうですか?」


「えー、僕ー?」


「トップバッターは嫌だー。けーくんが話してー」


「おおお俺だって、最初は嫌だよ!」


 みんな最初は嫌なのか、押し付けあって全く話が進まない。

 これは誰かから始めないと、いつまでたっても進まない。


「……それじゃあ、俺から先に話そうか?」


「「「「「えっ!?」」」」」


 誰も嫌なら、俺から話した方が早いと提案すれば、何故か全員が勢いよく見てきた。

 鬼気迫る表情に、俺は驚いて思わず布団を頭の上にかぶる。


「え、っと、言わない方がいい? 俺の話なんて、興味無いもんね」


「いいいいやいや、興味無いわけがないだろう!」


 布団の中にいながら聞いてみれば、匠の全力の否定が返ってきた。


「そうですよ! 興味があるに決まっているでしょう!」


 美羽も近づいてきたのか、声がかなり大きい。


「え? え? 嘘だよね? 帝君?」


 布団を揺すっているのは、声からして圭だろうか。


「嘘でしょー! みかみかー!」


「みかみか、好きな人いたのー?」


 その近くで騒いでいるのは、朝陽と夕陽だ。

 2人いるからか、ものすごくうるさい。


 耳を塞ごうと思ったけど朝陽の言葉に、俺は布団から少しだけ顔を覗かせた。


「あ、のさ。俺……別に、好きな人がいるとは、言ってないよ……ね?」


 確かに今は好きな人の話をするという流れになっていたが、別に俺がそうだと言ったわけじゃない。

 そこを勘違いしているみたいだから、正しておかなければと、俺はそっと口にした。


 痛いぐらいの沈黙の後、布団の外から大きなため息が響く。


「んだよ。心配して損した」


「全くです。寿命が縮まるかと思いました」


「よ、良かったあ」


「もー! みかみかの馬鹿ー!」


「良かったけどー! なんか複雑ー!」


 またうるさい声で騒ぎ始めたから、そろそろ桐生院先生に怒られそうだ。

 俺はもう少しだけ布団から出て、口元に人差し指を当てる。


「しー。あんまりうるさくすると、桐生院先生が来ちゃうよ。静かに話そう?」


 きっと目が慣れているから、俺のその仕草も何となく見えただろう。

 騒いでいたみんなの口が閉じる。


「それで、えっと、俺から話すとしても好きな人がいないからなあ」


 自分から話すと言ったけど、特に何を話すか考えていなかったから、少し困った。


「そ、れでは、好みのタイプを教えてもらえませんか?」


 俺が困っていると、美羽が助け舟を出してくれる。

 さすが美羽。

 こういう時のサポートが上手い。


「分かった。それでいいのなら、その話をするね」


 異論はないみたいで、真剣な眼差しで俺の方を見てくる。


「好きなタイプかあ……そうだなあ」


 今の状況で恋愛をする余裕がなかったから、そういう目で誰かを見た事も、考えたこともなかった。


 好きなタイプ。好きなタイプ。


「……優しい人? かなあ?」


 考えて出てきた答えは、ありきたりなものだった。


「優しい人? それは具体的に言うと?」


「んー。……俺を絶対に裏切らないといいな……」


 その思いは、自分で考えているよりも根深いところで、俺を侵食しているみたいだ。

 もしも誰かに裏切られたとしても、1人でも俺の傍にいてくれるのなら、それだけで救われるだろう。


「裏切らない、か。そんなの当たり前だろう?」


「そうだよー」


「みかみかを裏切る人なんて、この世にいないんじゃないー?」


「確かにそうですね。要らぬ心配だと思います」


「俺だって、裏切らないし!」


「……うん、ありがとう……」


 きっと、今のみんなの言葉に嘘はない。

 本心から、俺を裏切らないと言ってくれている。


「……みんなは、どんな人がタイプなの?」


 でもそれが、転校生が来たことで変わってしまうかもしれない。

 変わらなければいいな、そう思いながら話題の矛先を俺以外に向ける。


「誰から話すのー?」


「こういう時は、長い人からじゃないー?」


「そうなると……美羽だな」


「お願いします!」


「あなた達は全く……まあいいですけど」


 話は上手くまとまったようで、次は美羽が話す番に決まったらしい。

 咳払いをして、俺をじっと見てくる。


「私の好きなタイプは、そうですね……私の苦しみを理解し、そして寄り添ってくれるような、そういった方がいいです」


 苦しみを理解し、寄り添ってくれるような人。

 タイプを聞いて、俺の頭の中に浮かんだのは転校生だ。


 今の俺はあまり好ましくは思わないけど、色々な人をはべらか、魅了していたぐらいである。

 だから1番に、美羽が転校生に惹かれたのか。


 転校生は、学園に来て案内役を担った美羽と会う。

 そこで作り笑いをしている美羽に対し、無理に笑うなと言うのだ。

 言葉通り無理に笑っていたので、その言葉は美羽を救った。

 欲しいと思っていた言葉をかけられたら、好きになってしまうのも分かる。


 その理由を知って納得してしまう自分が、とてつもなく嫌だった。


「それじゃあ次は、俺だな」


 これから、それを何度も突きつけられるのか。

 精神的に駄目になるかもしれないと、俺は布団の中で、そっと胸を押さえた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る