62:報連相は大事です
弟に優しくしてもらえたおかげで、俺のメンタルは正常に戻った。
あの後、御手洗に対して文句は言っておいたけど、そこまで響いていなさそうだったから、また同じようなことをやられそうだ。
とにかく、もう絶対にあんなみっともない姿は誰にも見せないと心に決めた。
弟には頼ると言ったけど、あそこまでの駄目さ加減を見せるつもりは無い。
御手洗には馬鹿にされるから、絶対に見せない。
それにしても誰かに優しくしてもらうというのは、こんなにも満たされるものなのか。
「……ひえ」
清々しい気分で目が覚めた俺は、目の前に父親が立っているのに気が付き、口から悲鳴がもれた。
「お、お父様……?」
どうしてここに、というかいつからここに。
もしずっといたのだとしたら、俺が寝ているところを見ていたということになる。
どんな間抜けな顔をして寝ていたのか分からないから、ものすごく恥ずかしい。
「何かありましたか? 起こしてくださればよかったのに」
俺はこれ以上無様な姿を見せないために、起き上がり部屋着から着替えようとした。
「いい、そのままで。話がある」
しかし手で制されて、ベッドに腰掛ける。
「えーっと、話とはなんでしょうか?」
時計がないから正確には分からないけど、だいぶ早いことは確かだ。
わざわざ部屋に来てまでする話なんて、あまりいい想像が出来ない。
「何か私に言うことはないか?」
「え、言うことですか?」
その聞き方は、とてもずるい。
どう言った類の話なのかを教えてくれなかったら、関係ない話を誤爆してしまいそうだ。
これは慎重に考えなければならない。
俺はここ最近のことを思い出すけど、心当たりは一つしかなかった。
「正嗣が昨日、俺の部屋に来た件ですか? もしかして習い事を休みました? それなら俺が悪かったんです」
「昨日、正嗣がここに来たのか」
完全にこの話だろうと出したものは、間違っていたらしい。
少し目を開き驚いている様子に、俺は考えが間違ったと、自分の頭を叩きたくなった。
「えーっと、少し俺の調子が悪くて、面倒を見てもらっていたんです。だから、正嗣には何の非もありません」
「調子が悪かったのは聞いていない。今は大丈夫なのか」
「ええ。心配をかけたくなかったので、お伝えするのは控えていました」
心なしか、父親の機嫌が下がっている。
伝えなかったことを怒っているのかもしれないが、本当のことを言えるわけが無い。
優しくされたくて駄々を捏ねていたなんて話をしたら、一発で勘当される。
「えっと、とにかく体の方は大丈夫ですので。話とは何ですか? 心当たりがなくて、すみません」
俺は何となく誤魔化して、本題の方に入った。
どんなに考えても、答えが出そうになかったのだ。
「本当に心当たりがないのか?」
「は、はい」
さらに機嫌の悪くなった父親は、大きなため息を吐いて、俺の前になにか紙の束を置いてきた。
「それじゃあ、これにも見覚えはないということか」
置かれたそれは、よくよく見てみると薔薇園学園のパンフレットだった。
ああ、神楽坂さんが送ってきたのか。
のんきにそう思った俺に、父親の低い声が聞こえてくる。
「帝……薔薇園学園に行くつもりなのか?」
そういえば、きちんと進路のことを話したことは無かった。
何となく候補は伝えていたけど、薔薇園学園以外に行く気がないのを、父親は知らなかったことになる。
「ええ、そうです。お伝えするのが、遅くなってしまい申し訳ありません」
別にまだ中学一年生なのだから、進路についてとやかく言われると思わなかった。
それに薔薇園学園は名門校なのに、どうしてそんなに不機嫌になっているのか分からない。
「……どうして言わなかった」
「まだ決めかねている段階だったので、もう少ししたら話すつもりでした」
「薔薇園学園のことを、ちゃんと分かっているのか?」
「はい。この前のパーティーで、神楽坂さんから話を聞いたので。大体のことは把握しております」
「……あの時か」
苦々しい顔で、深く深くため息を吐く姿は、怒っていると言うよりも後悔しているように見えた。
「ええ。とても興味深いことを教えて貰えたので、ぜひ薔薇園学園に進学したいと思いました」
とにかく薔薇園学園に進学することは、認めてもらわなくては。
もしもここで反対されたら、とてつもなく面倒な事態になる。
「俺が学びたいことに合っていますし、あそこには同じようなタイプの人間が多いので、すぐに仲が良くなれるはずです。将来のことを考えると、ここ以上にピッタリのところはありません」
言葉をまくしたてて、思わず頷かせようと企てていたら、こちらに近づいてきた父親が急に顎をつかんでくる。
「あそこがどういうところなのか、ちゃんと分かっているのか。全寮制で、閉鎖された空間だから、とち狂った思考になる馬鹿が出てくる」
「……それは、分かっています」
ここでようやく、なんで怒っているのか理由が分かった。
一之宮家として、将来は結婚し子供を作らなくてはならない。
でも薔薇園学園に染まり、同性愛者になったら、困るということなのだろう。
俺自身のことではなく、やはり大事なのは一之宮家のことか。
元々知っていたけど、改めて突きつけられると胸が痛む。
それでも俺は薔薇園学園に通わなくてはならないから、さらなるプレゼンをすることにした。
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