27:どうしてみんなクセがあるのでしょう




 勇気を出して言った挨拶は、無視された。



 視線をそらさないくせに、どうして無視を

 するのか。

 めげそうになったけど、俺は続ける。


「お、俺は、獅子王君と仲良くしたいと思っているよ」


「気に入らないって言っていたけど、どこが嫌なのかな。直せば仲良くしてくれる?」


 御手洗と昨日必死に練習したセリフを、感情を込めて口に出していく。

 御手洗が指示したタイミングで、首を傾げるのも忘れない。

 こうやって顔の良さを、最大限に利用するというわけだ。


 今御手洗の視界には、美少年が瞳をうるませて懇願している画が映っているだろう。

 他の生徒には効果があるようで、俺たちに注目が集まり、いつの間にか静かになっていた。


「ねえ、獅子王君。俺と友達になろう?」


 御手洗いわくトドメの一言を言うと、今まで何も言わなかった獅子王の顔が、一気に赤くなる。

 そして昨日のように、睨みつけるように目をつり上げると、勢いよく立ち上がった。


「うううううるさい! 俺にかまうな!」


 まるで再現をしているのか、怒鳴りつけると教室から飛び出てしまう。

 俺はその後ろ姿を見ながら、怒鳴りつけられて落ち込むことは無かった。


 あれは怒って真っ赤になったというよりも、戸惑いの方が多かったようだ。

 御手洗の言っていた通り、表情をよく観察していて良かった。


 これなら、作戦は上手くいく可能性が高い。


「おーい。朝の会始めるぞ……って、何かあったのか?」


 静まり返った教室に、空気を壊すかのように桐生院先生が入ってくる。

 異様な空気に、全員の注目が集まっている俺に問いかけた。


「えーっと、色々あって、獅子王君が教室から出て行ったので、連れ戻しに行ってこようと思います」


「おー、そうか。それじゃあ授業が始まるまでに戻ってこいよ」


 そんな簡単に許可を出していいのか。

 テキトーな感じだけど、その方がありがたい。


「ありがとうございます。桐生院先生」


「お礼はキスでいいからなあ」


「御手洗に言っておきます」


 教室を出る間際に不穏なことを言われたので、こちらも言い返す。

 どうやら桐生院先生は、御手洗に頭が上がらないらしい。

 二人の間に何があったかは知らないが、何かされそうな時は、御手洗の名前を出すと大人しくなる。


 現に顔色が悪くなった桐生院先生は、今度は何も言わずに見送ってくれた。

 これで、心置き無く獅子王を探せる。

 俺は教室を出て、とある場所へと向かった。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




「……うわあ。ビンゴ」


 闇雲に探すことなく、獅子王は見つけられた。


「御手洗凄い。どこまで分かっているんだろう」


 そこを探すように言われたので、真っ先に来てみたのだけど、まさか本当にいるとは思わなかった。

 全てのことを知っているんじゃないかと、御手洗に対して薄ら寒いものを感じた。


 こういう時には、大抵人の少ないところに逃げ込む。

 中庭もいいが、獅子王の性格から考えて空が好きそうだから屋上。


 そういうわけで屋上に来ると、フェンスに寄りかかって座りこんでいる獅子王の姿があった。

 空を見ているから、俺に気がついていない。

 何でわざわざ、逃げ場の無いところに行くのだろう。


 一人になりたいのなら、もっと逃げやすい場所にいればいいのに。

 そう思いながらも俺にとっては都合がいいので、そのまま気が付かれないように近づく。


「……どうし……かわ……わら……やば……す……」


 ブツブツと何かを話している。

 そのおかげで、どんどん距離を縮めても気がつく様子が無い。


 もうどう逃げようとしても、捕まえられる範囲に入った俺は、意地悪の気持ちも込めて驚かすように話しかけた。


「ここで何をしているの? 獅子王君?」


「うわあ!?」


 思惑通り驚いてくれた獅子王。


「な、な、な、何でここに!?」


 そして俺を指さし、混乱している。


「人に指を向けちゃ駄目だって、教えられていないの? 桐生院先生にちゃんと許可を得て、獅子王君を探しに来たんだ。もう朝の会、始まっているよ?」


「そ、そんなの一之宮には関係無いっ、だろっ」


「それは寂しいな。さっきも言ったけど、俺は獅子王君と仲良くしたいんだけど」


「ぐぬうっ」


 変な声を出して、変な体勢になったせい獅子王は、さっきよりも顔を真っ赤にさせて悶絶している。

 その様子を眺めているのは面白いけど、授業までに戻らなければならないので、俺は話を続けた。


「俺の何が嫌なのかな? 教えてよ」


 目線を合わせるためにしゃがみ込むと、顔を近づける。

 俺を嫌っていないと、思っているからこその距離感だ。

 獅子王も顔が赤いけど、嫌がっている感じはない。


「ねえ……仲良くしよ?」


 気分はまさに、男を手玉に取る悪女だ。


「あ、あ、あ……」


 効果は抜群。

 獅子王の目が回り、今にも気絶しそうである。

 でも気絶はまずいので、頬に手を当てて意識をこちらに向ける。


「獅子王君。返事は?」


 返事を急かす俺に、鯉のように口をパクパクしていた獅子王は、気持ちが爆発したのか上を向いて叫んだ。


「もう無理だ! 天使すぎる! 死ぬ!」


 間近で叫ばれ耳が痛くなる。

 耳を押さえて、俺は尚も叫ぶ獅子王から距離をとった。


「えっと」


「あー、戸惑った顔もいい。可愛い。こんな完璧な人間が、この世にいるなんて。同じ時代に生まれて、こうして顔を合わせているだけでも幸せすぎる」


 早口で話している内容が耳に入ってきて、俺は口をひきつらせた。

 嫌われていないとは思っていたけど、まさかここまで好かれているなんて。

 素直に喜べない。


 俺が引いているのに気がついてくれたのか、ハッとした獅子王は俺の手を握ってくる。


「もしかして、昨日今日とあんな態度をとってしまったことを怒っているのか? あれは違うんだ。間近で見た天使にどうしていいか分からなくて、パニックになって心にも思っていないことを言ってしまったんだ。許して欲しい。望むなら、靴でも何でも舐めるから」


「……いや、舐めなくていいよ」


 本気で舐めそうだったので、何とかそれだけは主張した。





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