第16話
アレシア王女一行は、ペリアとジェタの案内でウベダ村にて一泊して準備を整え、キリプエへ。
その鼻に感じる、港町の潮の香り。
「あの、青い地面が海なのですね?!」
馬車から身体を乗り出してはしゃぐアレシアに、
「姫様、御行儀が悪いですよ!」
教育係兼乳母のエルシリアが嗜める。
「良いではないか。
初めて見ることに興奮するのは、子供の特権だ。」
ペリアがそう言ってアレシアを庇う。
その一方で、エルシリアは“子供の特権“という言葉に軽い衝撃を受ける。
今まで、アレシアが子供らしいことをなにもしてこなかったことに気づいたのだ。
キリプエの城門に差し掛かると、町から儀仗兵が現れる。
儀礼用の甲冑を纏い、左右に分かれて馬車を挟むようにずらりと並ぶ儀仗兵たち。
だが、その動きが少しぎごちなく見える。
訓練不足なようにも思えるが、何か違う。
「あれはまさか、
残った若い騎士の一人であり、一団の中で最も早く叙勲を受けたために団長となったカルロス・フィゲロアが気づく。
「そ、そんな!?
少なくとも五〇〇体はいます!!」
騎士たちに緊張が走り、それが他の者たちにも伝播していく。
「大丈夫。
あれはユウキ様の使役する
ジェタが笑みを浮かべながらそう言うと、騎士たちはホッと胸を撫で下ろす。
「そんなことでホッとしてないで、先頭に立ちなさい。
貴方達にとっても大きな晴れ舞台でしょうに。」
アレシアと同乗しているペリアにそう言われ、慌てて馬を走らせて先頭に立つ騎士たち。
「あんなに慌てて走らせたら、不慣れだってバレるでしょうに。」
呆れたように、それでいて好意的な口調でペリアが口にする。
王命を拒絶して、最後まで役割を果たそうとしたその姿勢を好意的に捉えているのは事実であるが。
馬車の一団が過ぎると、その後ろに儀仗兵たちが並び、進んでいく。
そして、沿道から大きな歓声が上がる。
「アレシア姫さま〜!!」
「アレシア王女〜!!」
その歓声に驚くアレシア。
本人にしてみれば、“呪われた姫“などと呼ばれ続けており、そんな自分をこんなにも大きな歓声で迎え入れられるとは思いもしなかったのだ。
「手を振ってあげなさい。」
ペリアがそう促すと、小さく、控えめに沿道に向けて手を振る。
それに気づいた人たちが、一際大きな歓声を上げる。
その光景は、アレシアにとって忘れられないものとなった。
ーーー
佑樹たちが地上での仮住まいとしているのは、広大な敷地の領主館の奥に新たに建てた
領主館は広くて落ち着かないというのが、佑樹の主張でそのために建てたのだが、格式が求められる行事には領主館本館が用いられることになる。
そして、今回のことは当然ながら本館を利用することになり、佑樹は貴賓室にてアレシアの到着を待っている。
当初は表まで迎えに出ようとしたのだが、
「婿殿は奥でどっしりと構えておれ。」
とサフィアに言われ、
「出迎えは私が完璧にこなしますから、心配などなさらずにいてください。」
ルヴィリアにもそう言われる。
仕方なく貴賓室に籠もっているのだが、やはり落ち着かずにおり、持ち込んだノートパソコンを使って領内に植える作物の選定をすることに。
「特産品となりうるものがいいかな?」
呟きながら、桃、梨、林檎、柿、桜桃、蜜柑と果樹を見ていくと同時に、領地となった各村の気象データを見ていく。
気象データといっても、各村人たちに聞き取ったものであって、正確とは言い難い。
「
地元の人々の協力を得ることすら大変だろうに、データもろくにない中で定着させるのはより大変だろうと、佑樹でするそれくらいの想像はつく。
「・・・婿殿。」
耳元でそう囁かれ、
「うおわっ!!」
声にならない叫びを上げる佑樹。
「静かに落ち着いてなにをやっているかと思えば、また仕事のことを考えておるようじゃな。」
「仕方ないだろう?
それが一番落ち着くんだから。」
「それも良いが、ルヴィリアが王女を連れてくる頃合いじゃぞ。」
そうサフィアに指摘されて、
「もうそんな時間か?!」
慌てて片付けようとするが、
「そのままで良かろう。
嫁ぐ相手の仕事ぶりを見てみたい、そう思う者もいるじゃろうからな。」
特に、佑樹のように突然現れた者が相手なら、尚更かもしれない。
「それに、その方が婿殿は落ち着いて対処できそうじゃからな。」
揶揄うような口調での物言いだが、事実としてそうなのだから反論はできない。
扉を叩く音が聞こえ、
「ルヴィリアです、主様。
アレシア王女をお連れいたしました。」
その声を受け、侍女長ベルナルダが扉を開けて確認し、そして中に入るよう促される。
ルヴィリアに続いて入室した少女。
白過ぎるほど白い肌と、
ーーー
アレシア王女から見たユウキは、優しそうで穏やかな人。
「わ、私はサラマンカ王国第一王女、アレシアと申します。
今日、この時よりユウキ様の伴侶としてお仕えいたします。」
一生懸命に覚えてきたであろう口上を、なんとか詰まることなく話終えて安堵の表情を見せる。
「末長く、よろしく頼むよ、アレシア。」
なぜか安心できる声。
「は、はい!」
なぜだか返事も大きくなる。
「それから、ベルナルダ。
例のものをアレシアに。」
その言葉に、ベルナルダは一旦退出すると、すぐに戻ってくる。
その手には薄手の布がある。
その布を一枚、サフィアは手にするとアレシアに掛ける。
「透けて見えるくらい薄い。
それにこの生地・・・・」
アレシアはじっくりとその布を見て、そしてその手触りを確認する。
思い当たるのは、過去に一度だけ着たことがあるもの。
だけど、今ひとつ確証はない。
「ユウキ様。もしかしてこの布は、
思い切って尋ねてみる。
「そう。
特殊な織り方をした、
君は、私が見たところ通常の人よりも肌が弱い。
太陽の光を直接受けるのは良くない。
だから、外に出るときはそれを着るといい。」
「!!
あ、ありがとうございます!!」
アレシアは
ーーー
「初顔合わせは、アレで良かったのかな?」
佑樹の問いかけに、
「ええ。とても良かったですわよ、婿殿。」
やや刺の感じられるサフィアの口調。
「
わざとらしく拗ねてみせる。
「え?あ、いや、その・・・」
慌てる佑樹を見て、サフィアは笑う。
「冗談じゃ、婿殿。」
「慌てる主様を見るのは楽しいですからね。」
「ルヴィリアまで・・・」
がっくりとする佑樹だが、
「それよりも婿殿。
あの娘の肌が弱いとは、どういうことなのじゃ?」
「私も知りたく存じます。
色が白いことが、なぜ肌の弱さに繋がるのでしょう?」
サフィア、ルヴィリア二人からの疑問。
彼女たちにしてみれば、白竜ペリアの肌が弱いとは聞いたことがないのだから、疑問に思うのも無理ないことだろう。
「アレシアのは、
生まれながらの
「
そこで簡単に先天性色素欠乏症について説明する。
「なるほどの。
本来なら備わっているはずの色素が、遺伝子とやらが損傷したために失われてしまったと。」
「そう。それが原因で、太陽光から身を守る機能が弱くなっているんだ。」
「だから、あのような
「関わった以上は、少しでも健康で長生きしてもらいたいからね。」
「なるほどの。」
サフィアが相槌を打つが、
「それって、関わってないのはどうでもいいってことかな?」
扉を開けて入ってきたペリアが確認する。
そのペリアの横では、軽く会釈するジェタの姿がある。
「そりゃそうだろう。
いくら俺でも、手の届かない相手はどうしようも無いし、関わったことのない相手に無償で手を伸ばせるほど、お人好しじゃない。」
「それを聞いて安心したわ。」
ペリアは笑う。
「全てを助けるなんて、神でも無理なんだから。」
その通りだと佑樹も思う。
「それはそうと、ウベダ村のことは気取られてないよな?」
佑樹はペリアとジェタに確認する。
「もちろん!!
ユウキからもらった薬を料理に混ぜておいたからね。
みんなぐっすり眠ってたよ。」
ジェタはあっさりと答える。
「ランマルたちの力も凄かったけどな。」
ペリアが補足し、
「夜盗どもと繋がってたとはね。
本当に、ユウキの読み通りだったよ。」
感想を口にする。
「こちらに責任を負わせて、少しでも優位に立ちたかったんだろうな。
自分の娘を犠牲にしてまで、ね。」
怒りの滲む声で、佑樹は言う。
「あの馬鹿王には、キツイお仕置きをしてやらないとな。」
もし人間たちがその言葉を聞いていたら、ゾッとしていたに違いない。
そしてその言葉は、翌日にサラマンカ王国王宮にて現出することになる。
ーーー
サラマンカ王国王宮前。
そこにはエルマン・フォクスレイをはじめとする騎士たちと、それと繋がっていた夜盗たちの生首が並べられていた。
それだけではない。
エルマン・フォクスレイらが犯行を自供している姿が、設置された巨大なモニターに映し出されている。
それを足を止めてみる人々が、続々と増えていく。
報告を受け、慌てて衛兵たちが現れて群衆を遠ざけようとする。
「なぜ追い払う必要があるのだ?」
衛兵たちに、不意に投げかけられる言葉。
「当たり前だ!!
このような不敬な物を!!」
衛兵隊長はそう返して、声の主を確認して固まってしまう。
「は、白竜ペリア様・・・」
ペリアは衛兵隊長に近づくと、
「不敬な物だからこそ、持ってきてあげたのだけど?」
表情と口調は静かだが、そこに込められた
「まさか、マルセロ王が“きちんと送り届ける“と言っておきながら、その約を違えるなどあり得ることではないでしょう?」
「は、はい。陛下は、天空の城の
ペリアは衛兵隊長の表情を観察している。
この男の言葉に嘘は無い。
ならば、マルセロ王と極一部の側近で行われたのだろう。
「ならば、この者どもは王命に反した不届き者だということで間違いないな?」
「は、はい!まことにその通りでございます!!」
何も知らない衛兵隊長としては、そう答えるしか無い。
そのことを知っていて、ペリアはあえてその言葉を引き出している。
「マルセロ王に、そのことを報告したいでな。
通らせてもらうぞ。」
堂々と門を通るペリアを止める者は、誰もいなかった。
ーーー
ペリアを目の前にしたマルセロ王は、門前で衛兵隊長に告げたのと同じ口上を受ける。
「これは、我が命に背いた者どもがユウキ
今後、このようなことがないよう、規律をもって当たることをお伝え願いたい。」
マルセロ王としては他に言いようがない。
すでに衛兵隊長という王宮防衛の要に、エルマン・フォクスレイらを反逆者として処断したと伝えられてしまっているのだ。
少しでも彼らを擁護する素振りを見せようものなら、衛兵隊の離反を招きかねない。
いや、衛兵だけならまだしも、これからユウキの元に娘たちを送り出す貴族たちも離反しかねないのだ。
「王女すら殺害を命じるのだ。
私たちの娘を殺すことなど、なんの躊躇いも無いに違いない!」
娘を送り出す貴族たちはそう捉えるに違いない。
そうなったら、その貴族だけでなくその親類縁者も敵になりかねないのだ。
だから、ああ言うしかなかった。
ただこの瞬間、マルセロ王は完全にユウキに屈したことが、宮中に知れ渡ることになってしまったのだが。
それでも、それでもマルセロ王はその道を選択した。
少なくとも、ユウキにさえ反しなければこの国では絶対的な権力をもって君臨できるのだ。
それを手放したくはない。
玉座を手放さいために。
それだけのためにユウキに屈した。
ただし、数年後に自身に訪れる未来など考えもしないで。
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