第87話 ガールズトーク

 私、先輩、カトレアさんは、ゴーレム枕投げの後ベッドの上で談笑していた。


 途中までは……。


「ほんとにねぇー、アメリアのやつは……」


 左手にワインのグラスを持ったカトレアさんは、頭を私の右肩に乗せてもたれかかってきていた。


 頬をほんのりと上気させ、完全に酔っている。


「あはは、カトレアさんそろそろお水飲んだ方がいいんじゃないですか?」


「まだらいひょうぶよ」


「大丈夫には見えないんですが……」


 ろれつも怪しいというのに、カトレアさんはこれでもかというほど、ワインをくびくびと飲み続ける。


 その反対側では、私の左肩にもたれかかった先輩がくぴくぴと音を立ててワインを味わっていた。


 最初は、本当にガールズトークをしていたというのに、ワインを呑んでからカトレアさんの愚痴大会になってしまった。


 母に似ているからっていうだけで、娘の私に母の愚痴をこぼされても困る。


 と言っても最初は新鮮だったので普通に聞いていたのだが、途中からループをし始め、同じ事を繰り返し語るようになってしまった。


 その辺りからはまともに聞いていない。


 そして、何を思ったか先輩までもがワインを飲み始め、案の定、数口目で酔ってしまった。


 私は止めた。でもカトレアさんが「ジュース飲んでいるようで美味しいわよ」なんて言うから先輩が飲んでしまったのだ。


 たしかに葡萄酒ではあるが……結果はこれだ。


「えへへ〜! エト捕まえたー!! 絶対離さないからー!」


「先輩戻ってきて下さい」


 ぺしぺしと顔を叩いてみるが一向に戻ってくる気配はなく、それどころか私に叩かれて「えへへ」と笑っている。


 これはダメだ。完全に手遅れだろう。


「アメリア。もうどこにも行っちゃだめよ。もう……なんで私よりジルバスを選んだのかしら」


 あらら、完全に私の事を母だと思い込んでる。それになんだろう……凄い柔らかい感触が左右の腕から感じる。


 うん、いつの間にか先輩とカトレアさん両方に腕を組まれてる。


「カトレアさん。私はエトですよ。母と混じっちゃてます。アルマ先輩と行動を共にしている15歳の美少女ですよ」


「エト、それを普通自分で言う?」

「先輩。急に素面に戻らないで下さい」


 先輩はそれだけ言うとまた「えへへー」とよく分からないモードに戻ってしまった。不思議魔な人だ。


「んふふ、アメリア〜」


 どうしようかと悩んだが、せっかくの機会なので色々質問してみようと思った。


「先輩とカトレアさんの好きな人を教えて下さい」


 ワインを飲んでいない時にもこの話はしたが、酔っている今、どんな答えが返ってくるのだろう。


 ちなみに、さっき聞いた時は先輩は「エト!」と答え、カトレアさんは「そんな人いた事ない」と答えた。私は「シズルやカノン様……あとはアルマかな」と答えた。殆ど強制的に言わされた。


 別にそんなに目で訴えてこなくても言うつもりだったのに。


「え〜、好きな人ー? さっきも答えたような気がするけど、僕はもちろんエトだよー!! あ、もしかして言わせたいのー?」

「先輩は黙って下さい」


 さっきよりもスキンシップが激しかった。


「カトレアさんは?」


「私……私は貴方の事が好きなの」


「ええ〜!!」


 まさかの私でした。隣で先輩が「エトは渡さないぞ」ガルルルゥと唸っているが気にしない事にする。


 それに……たぶん。


「私はアメリア、貴方の事が好きなの」


 ほら、予想通り。私の事を母だと勘違いしている。


「そうですか……母が好きだったのに父に取られちゃったんですね」


「カトレアさん可哀想」


 私と先輩がよしよしと頭を撫でて慰めていると、カトレアさんが不意に我に返った。


「は! 私は今何を言ったの……え、もしかして酔った勢いで言っちゃった?」


 ここで戻ってきてしまうとは……なんとも不憫な。そして相手も悪い、なにせ酔った先輩なのだから。


「しっかり言ってたよ。エトのお母さんの事が大好きってエトに抱きついて……」


「いやああああああああああぁーー!!」


「いやー、好きな人はいないとか言ってたのにちゃんといるじゃん」


「お願い忘れて、忘れて」

「大丈夫。帰ったらジークとかベルタに伝えとくから」


「それだけは本当にやめて、そんな事されたらもう私お終いよ」


 朝になったら忘れているという可能性もあるが、こういう時の先輩は意外と覚えている。


 だから、カトレアさんご愁傷様です。


 こんな事なら酔い潰れたまま朝を迎えた方が良かったね。



「もう……部屋に戻るわ。貴方達も早く寝なさいよね」


 先輩に散々いじられたカトレアさんは、とぼとぼと部屋の外へと歩き出す。


 扉に手をかけた時、カトレアさんが振り返って言った。


「今、思い出したわ。確かトルメダ・レイスフォードは、腕のいい召喚士を雇ってた筈だから気を付けるのよ。私は見た事ないけど」


 それだけ伝えるとカトレアさんは部屋に戻っていった。


 おそらく部屋でゴーレム相手にでも、やけ酒するのだろう。そんな気がする。


 でも、それよりも今、カトレアさんが言った事が気になっていた。


「ねえ、エト。召喚士ってあの時の……」


 思い出されるのは私が踊り子をやっていた時に起きた事件だ。


「はい、あの地獄犬はもしかしたらトルメダの雇った召喚士が……」


「かもね。まあ細かい事は明日考えよう。僕はもう寝る」

「え、ちょっ自分の部屋に戻って下さいよ。せっかく一人で寝れるのに」


「僕はエトと一緒に寝たいの。それとも嫌?」


「いや……じゃないけどさ」

「じゃあいいよね。おやすみ!」


 ガバッと先輩が元気よく布団の中に潜り込む。やっぱり先輩は最初から酔ってなかったんじゃないかと思う。

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