第86話 ゴーレムの枕投げ

 カトレアさんの邸宅は広く、空いてる部屋がいくつかあるようでその中で比較的綺麗な部屋に通された。

 とは言ってもどこもそんなに変わらないように見えたし、よく一人で管理が行き届いていると感心してしまった。


 聞けば、母の結婚やそれによるパーティー解散を機に、冒険者を引退して自分の趣味で研究を始めたという。


 それが何かは「恥ずかしいから秘密」と言って教えてくれなかったが、大方、美に関係する事ではないかと私は睨んでいる。


「ナニカ、アリマシタラ、オモウシツケクダサイ」


「ありがとうゴーレムさん」


「わぁ、僕、ゴーレム初めて見たよー!!」

「先輩、地獄犬の時も似たような事言ってませんでしたか? 私も実物を見るのは初めてですけど」


 その実験の助手としてゴーレムを使役しており、そのゴーレムに邸宅の管理を任せているのだという。


 今では実験のほとんどをカトレアさん一人で行い、ゴーレムは家の使用人と化しているのだという。


「それじゃあ私はこっちの部屋ですから」

「うん」


 食事と入浴を済ませ、カトレアさんから渡された大人っぽい寝巻きに着替えた私達は、それぞれ割り振られた部屋でゆっくりと自分の時間を過ごす筈だった。


「おお〜! エトの部屋も綺麗だね」

「ほぼ同じですよね」


 しかし、何故か先輩が私の部屋まで着いてきてしまいそのビジョンはなくなった。


 本当はカトレアさんの書斎にあった珍しい本を読んで夜を過ごそうと思っていたのに……先輩のせいで台無しである。


 まあ、先輩を拒まず部屋に入れたのは私なんだけど。


 先輩が私のベッドに飛び込み、綺麗にベッドメイクされていたシーツにシワをつける。


 枕にすりすりし、顔をうずめる。なんともご満悦そうだ。私はベッドに腰掛けクッションを手に取る。


 肌触りがよくて、とても柔らかかった。


 先輩が枕を抱きながら、仰向けに寝転がる。


「ふあーー! 料理美味しかったね〜」


「先輩、おかわりしすぎ。太りますよ、いや太る」


「そんな決めつけなくたっていいじゃん! あ、それとも僕の胸に嫉妬してるの? ごめんね、僕って食べた物の栄養が全部胸に吸い取られるみたいでさ」


「は? なに言ってるんですか? 私の胸だって平均サイズですけれど? 先輩の方が一回り多いだけでマウント取りに来ないで下さい」


 それに先輩は、胸にばかり養分が行っているから頭の方に栄養が回らないのだろう。


 でも……それにしても先輩は私より少し背が低いだけで全体的にみるとスレンダーなんだよな。


 豊かな胸元、ほっそりとした腰、すらりと伸びた長い足は、先輩に誘われ時々一緒にお風呂に入って見慣れている筈の私から見ても色っぽくて見える。


 それで欲情するということはないけどね。


「……なに見てるのさ」


「いや、低いなぁ〜と」


「はあ!? そんな事ないもん! すぐ追い抜くから」


 15歳を過ぎた私達に、これ以上大きな差が出るという事はないと思う……期待半分がいい所だろう。


 そして、口論で勝てないと悟った先輩は実力行使に出た。


「エトなんかこうしてやるぅーー!!」


「わぷっ!!」


 先輩が枕を顔面に押し付けてきた。


「やりましたね! これでもくらえ!!」


 クッションを投げつけ、先輩も「わぷっ!」と声を上げる。


 暫く手元のクッションを互いに投げ合っていると、部屋の扉が開き、丁度扉の方に飛んでいったクッションがカトレアさんに命中した。


「んぷっ!」

「あ、カトレアさん」


 クッションが顔からずり落ちると同時に、カトレアさんは鼻を押さえる。どうやらクッションは鼻に当たったらしい。


「あらあら楽しそうでいいわね。若い子の中に、私も混ぜてもらっていいかしら」


 言葉のふしぶしに棘があった。


 カトレアさんが手招きをすると、何体かのゴーレムが枕とクッションを大量に運んできた。家中の枕とクッションをかき集めてきたらしい。


「やりなさい」


 声に感情が乗っていなかった。


「「「カシコマリマシタ」」」


「「うゃぁぁぁぁぁあ!!」」


 私と先輩はしこたま枕とクッションの弾丸に見舞われた。


 ゴーレムの投げる枕やクッションは、人が投げるよりも遥かに強力なのだという事が身に染みて分かった。


 私たちが倒れ伏すのを確認するとゴーレム達は床に散らばった枕とクッションを手早く回収し、何事もなかったかのように部屋を退出した。


「さ、ガールズトークでもしましょう。正直言って久しぶりなのよ、年下の女の子と話すのは。ここにいると人と話す機会なんてあまりないし」


「そんな……大切な話し相手にゴーレム使ってしこたま攻めるなんて反則です」


「……僕たちはか弱い女の子なのに」


「先にやってきたのは貴方達の方よ? それに本当にか弱かったらゴーレムに反撃して、枕とクッションだけでゴーレム一体壊すなんて真似出来ないわよね? アルマ?」


「ううっ、ちょっと力んじゃただけだよ」


 さすが先輩、呆れるほどの馬鹿力だ。これを火事場の馬鹿力というのだろう。


 カトレアさんが床に足を開いて座る。


 カトレアさんは和服なので、その少しはだけている着物の隙間から豊かな胸の谷間が見えて思わず目を逸らしてしまった。


「あら? エト、今、私の胸から目を逸らしたかしら」


「…………」


「カトレアさん。胸大きいね! 僕よりおっきいや」


 先輩は自分の胸を揉み揉みと触って確認する。カトレアさんも「そうかしら」と自分の胸を揉み揉みと触り、そうかもしれないわねと呟く。


 そして、二人同時にこちらを向く。


「……なんですか?」


「いやー」


「なんでもないわ」


 カトレアさんと先輩の視線は、二人に比べたら少し劣る私の谷間に釘付けになっていた。


「まだまだね」



 私は咄嗟に胸を押さえる。はいはい、どうせ私がこの中で一番小さいですよーだ!!

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