第59話 掴めない距離

 二人分の短い断末魔が上がる。


 その声に反応した給仕が何事かと振り返り目を見張る。そこには二人の男が首元から血を流し項垂れていたからだ。それだけで既に生き絶えているとひと目で理解できる。魚のように口をパクパクさせ、給仕の手からティーポットが床に落ちる。しかし割れたのにも関わらず周囲から音は消えていた。


 遮音魔法で音を遮断したからだ。


 ヒュッ!


 音がした方に給仕が視線を向ける。彼女の胸元めがけて雷を帯びたナイフが迫っていた。


 サクッ。軽い、小気味良い音がした。それは心臓には到達せず、給仕の胸に軽く刺さった。だけどそれで十分だ。


「『いゃぁぁぁぁぁあー』」


 給仕が絶叫を上げた。全身から声を張り上げているようにも感じた。喉からではなく腹の奥から。


 彼女があまりの苦痛に悲鳴をあげても誰にも聞こえる事はない。彼女の声が漏れる事はないのだ。


 耳や鼻、口、身体中のありとあらゆる穴から煙が噴き上がり給仕は床に倒れ込む。


「……えげつない」


 先輩が焼死体となった給仕を見て一言漏らす。


「表面上は綺麗だからいいんですよ」


 普通に見たら給仕の体はどこもおかしくなっていない。全くの無傷だ。先輩が死体の皮膚をツンツンする。グチュグチュと嫌な音が出た。


「先輩。そういう事はしない方がいいで……いいよ」


 言い直した。


「はじめからエトがしなければいいじゃんー」


 これだとかえって目立っちゃうよと付け加える。


「これでいいんで……いいの。ディカイオンに私の存在を認知させる為に。これと同じ事をいつかあいつにもあいつの仲間にもあじあわせる。目立っちゃうけどこれはその練習」


 綺麗に焼く為のねと言うと露骨にひかれた。


 私の能力によって雷を付与されたナイフに刺されると刺された場所から一度きりだが体内に電撃が走る。内臓がぐちゃくぢゃに筋肉がずたずたに焼けただれる程の威力だ。


 給仕の近くにはナイフの柄だけが残っていた。


「なんか使い捨ての小さい魔剣みたい」


 先輩がナイフの残骸を手に取って言う。


「燃費はいいかもしれま……しれないね」


 帝都に来てからほとんど敬語だったので意識しないとつい戻ってしまう。その度に先輩が不機嫌そうな顔で抗議してくるのでちゃんと言い直す。


「次に行こうか……アルマ」


「むうぅー。そこは先輩って呼んでよ」


「はいはい。アルマ先輩」


 満足そうに頷くアルマを尻目に次へと向かう。


 私たちはその後一階にいる人達を皆殺しにした。最初の三人以外は全員眠っていたので特に苦労するとなく事を終えた。


 私は練習がてらもう一人、能力を付与したナイフで殺し、その他は普通に喉笛を切って殺した。


 そのままバラバラに屋敷を出て後日、ギルドメンバーが経営する酒場に集まって報告を済ませた。


 どうやら他のメンバーも対して苦労せず仕事を終えたとの事で懸念されていた奴隷もいなかったらしい。


 そのあと報酬金を受け取り酒場を後にした。


 ちなみにジークからも少しだけディカイオンについての情報を聞けた。でも、今回は大したことのない内容だった。


 なんでもジークの情報網でもディカイオンについての情報は中々掴めないと言う。


 俺も頑張るからお前も頑張れとだけ言われ、ジークの事務所から追い出された。私も地道に情報を集めていくしかないらしい。


 次の日、朝早くから先輩が家を出て、もはや朝食の定番となったベーコンエッグを作り終えた頃に手に巻かれた紙を一つ持って戻ってきた。


「先輩、どこに行ってたの?」

「これみてよ!」


 そう言ってテーブルの上で広げる。


 それは庶民の情報源である帝国新聞だった。そこには小さくあの役人の事が書かれていた。


「一家惨殺。犯人は誰だ。残虐な方法で殺しているから怨みによる犯行であると考えられる……か。まぁ間違ってはいなのかな?」


 (確か、この新聞社にもギルドメンバーが潜入してる筈。この記事を書いたかは分からないけど、私たちの存在が知られないよう上手く情報操作しているみたい)


「うん。依頼人も満足したってジークも言ってたし。ここだけの話結構なお金を貰ったらしいよ」


 先輩が親指と人差し指を丸めてマルを作る。


「成る程。私たちには少ししか渡さなかったのにケチな野郎ですね」


「いや、他の人達にはしっかり大金を渡してたよ」


「えっ? じゃあなんで私たちだけ」


 贔屓か、贔屓なのか?!


「エトの借金とディカイオンの情報を集める為だって」


「……それなら文句は言えない。でも先輩はなんで?」


 一人一人個別に渡されるので借金もない先輩は報酬金を全額渡される筈だ。


「僕のお金もエトの借金と情報料に回したから」


「えっ?! そんな事してくれてたの! 先輩はいいの?」


「別に特に使う予定もなかったしね。後輩の為になるなら惜しまないよ」


「せ、先輩!!」


 私はアルマに抱きついて頬にすりすりした。アルマは照れたのか顔を赤くして、プイッとそっぽを向いてしまった。


 ふっ、チョロい先輩だ。


 いよいよ明日からイリアさんの所で踊り子として働く。先輩とは少しの間お別れだ。まぁ朝と夜は会えるんだけど。


 先輩に少し甘えつつ、適度な距離を保つ。でも、少しずつだけど着実にあの日から立ち直れて来ているのかもしれないと思った。


 少しだけベーコンエッグも先輩の求める物に近づいてきた気がする。


 先輩がベーコンを口に含む。


「味の付け方がなんかちがう!!」


 前言撤回。わたしの気のせいでした。


 スッと右手の魔力を解放し、先輩に向ける。


「先輩のばかーーーー!!!」

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