第47話 奴隷

 私達は、会長の部屋を抜けた先にある通路へと降りた。一応入るには、入口付近にあった魔法陣の紋章に、手形を認証しなくてはならなかったが、死体をよいしょ、よいしょと運んできて、なんとか通る事が出来た。


 ちなみに先輩は、全く手伝ってくれなかった。


「ほら行くよーー。置いてっちゃうよ」


「待って下さい。私、今重たい死体を一人で運んだんですよ。一人で!」


「ご苦労様で〜す!」


「……殺す」


 仕事中という事で、軽く先輩を小突いた。本人は結構痛かったらしく、お腹を抑えて悶絶していたが。


「ほら、先輩置いて行きますよ」


「ちょっと待って。今、軽くやったとか思ってない? 結構本気で、死を間近に感じたんだけど……」


「さぁ、なんの事でしょう?」


「うぐぅ。クソ野郎」


 貴方の方がクソ野郎でしょう?


 一悶着あったが、私達は地下へと降りた。長くはいられない、もう少ししたら見張りの交代役が来るはずだから。


 外の死体は一応隠したが、見つかるのも時間の問題だろう。


 ちなみにロッゾの死体は、先輩が本や書類で埋めていた。


 本がとっても可哀想。


◇◆◇◆◇


 地下に降りると、人の気配が幾つもした。そして話し声も聞こえる。


「オラァァーー。水だぞー、たっぷり飲めよ」


「ゴボゴボゴボ。たすけっ……くるし」


 どうやら、攫ってきた子供を世話……いや、どうみても虐待しているようだ。


「先輩どうします……か」


 怖い。先輩の眼が怖い。 確実にキレてる。感情剥き出しの先輩を見るのはこれで二回目だ。


 一度目は、ジークから依頼を聞いた時、私に怒った。あの時とは違い、今回は本当に怒っている。


 隣にいるのも憚れる程、殺気を放っている。当の本人達は全く気付いていないご様子だ。


 呑気な事だ、死がすぐそこまで迫ってきているというのに。


「助けますよね?」


「当たり前! それに奴隷密売を行っていた、張本人も来る頃だろうしね」


 私達がそろり、そろりと近寄る。男達が私達に気がつく様子はない。


 普通、こんな殺気を放っている人がいたら、気付くもんだけどな。


 彼等は、自分たちしかいないと思って、平気で牢屋越しに子供をいたぶりながら会話を続ける。


「おい、今朝来たガキも、捕まれば良かったと思わねぇか?」

「あぁ、平民にしては、中々整った顔立ちをしていたからな」


「まぁ、商談主様のご意向に逆らう訳にはいかないし。勝手な行動はできねぇ」


「本当だよな。折角、貴族の庶子が手に入ったというのにお触り禁止だもんな」


「あぁ。庶子でも、貴族の子供なだけあって、顔はいいからな。売る前に味見してみたいが、処女だからな……汚すと価値が下がっちまう」


「だな、それに怒られちまうし」


 下劣な会話を聞いてしまった……ちっ、本当に反吐がでる。


 私の事も言っていた気がするが、私が可愛いのは、世界中誰もが知っている事実だ。


「エト。そういうのやめたら? いつか恥ずかしくなって後悔するよ」


 急に殺気が霧散した先輩が、憐れみを込めた目で見てくる。


 何の事かは分からないけど。


 そして、十分接近し、刃を取り出し、首を掻き取ろうと手を伸ばした時、私は手を止めた。


 一番大事な人の名前が出たからだ。


「そういえば、シュトラス王国のお姫様が奴隷にされたって話聞いたか?」


 私が、ある意味裏切った人……そして、私が一番敬愛している人の事だ。


 ……カノン様。


「噂だけどな。金持ちの奴隷にされているらしいぜ」


「一国の王女をものに出来るだから、羨ましい野郎だぜ」


 私は、そんな話信じられなかった、信じたくなかった。だから私はそれを確かめる為に飛び出した。


「待って、エ……」


 先輩を無視し、刃を持ったまま男達の前に飛び出した。


「今の話、本当? 詳しく教えなさい」


 男達は突然現れた、私に驚きながらもジロジロ見ると、やがて何かを納得したようだった。


「その格好、雇われた暗殺者か。ここに入って来たという事は会長を殺したのか?」


「そうだ。お前達の飼い主はもういない。死にたくなかったら、さっきお前らが話していた事を知っている限り全て吐け!」


「はははっ」

「へへへっ」


 男達は、軽く笑い合った。


「暗殺者さんよ、一つ勘違いしてないか? 俺らの雇い主は会長じゃねえよ。殺す相手間違ったんじゃねえか」


「あぁ。それにお姫様が、奴隷にされているかどうか知ってどうするんだ? 助けに行くのか?」


「そ、それは……」

 

 私は動揺し、すぐに答えられなかった。


 そうだよ、今更何言ってるんだ。あの日、私がカノン様の特命を無視した挙句、カノン様の安否も確認しなかった私が今になって助けに行くなんて……カノン様に合わせる顔がない。


 思考に溺れていた私は、先輩がしきりに後ろを指差しているのに気付かなかった。


 ゴン! 鈍い音がした。


 私は、背後に忍び寄る影に気が付かず、何か硬いもので頭を殴られて崩れ落ちた。


 私の頭から流れる、血が床を赤く染めた。


「……鼠が入り込んだか」


「会長助かりましたよ。警戒している俺らじゃ近付けなくて……」


 新たに現れた男は、手に鈍器を持っていた。その先端には私の血が付いていた。


「もう会長ではないだろう」


「そうでしたね。すいやせん、会長」


 子供をいたぶっていた男の方が、深々とお辞儀する。


「奴隷の方は?」

「大丈夫です。全員無事でございます」


 前会長と呼ばれた男が、腕をまくった。そこには、奴隷使役者の紋様がまざまざと浮かび上がっていた。


「して、こいつは何者だ」


 前会長が私のフードをとり、私の素顔が露わになる。私の素顔を見て、すぐに男達が答えた。


「あっ、こいつです! 今朝、商会の外で起きた、騒ぎの中心にいた平民の少女は」


「そうか……大方、侵入経路でも探っていたのだろう」


 声は聞こえて来るが、私にはそれを返す余裕も無く、状況を把握する事もままなからなかった。


「ふむ。平民にしては、中々良い顔立ちをしているな。暗殺者ギルドに手を出したくないが……どうせ捨て駒だろう。こんな少女一人くらい、どうとでも誤魔化せる」


 だめだ。頭が痛い。体に力が入らない。


 私の頭から流れ続けていた血が止まり、血が水たまりのように広がっていた。


「儀式の準備をしろ。こいつを奴隷にする。奴隷化したら暫くは、お前達が好きに使用していいぞ」


「そういう事なら、張り切って準備しますぜ」


 片方の男が私を担ぎ、もう片方が前会長と一緒に奥の部屋と入っていた。


 私は、まだ焦点が合わない目で先輩を探した。だが、先程までいた筈の場所に先輩の姿はなかった。


 私はそのまま奥へと運ばれた。

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