第45話 侵入

「準備はいいね? 全てが終わるまで、フードを絶対に取らない事。分かったら、返事!」


「はい!!」


 幾分か、お互いの空気がマシになった所で、先輩から最終確認を受けた。


 ジークから受け取った、このローブは本当に色々な機能が付いていた。


 まず、相手から私達をみると、顔がぼやけて見えるそうで、体格も絶えず変化して映るらしい。


 なので、余程の事がない限りは、正体を見破られる事はないのだと云うのも納得だ。しかし、声は変えられないので、その点は注意が必要だ。


「絶対に、僕の名前を呼ばないでよ! 絶対だよ」


「先輩……それフリですか? 私にそんなに呼んで欲しいと……仕方ない人ですね。アルマ先輩!!」


「仕事前にふざけないでよ!! もう、本当にダメだからね」

「はいはい。先輩も、私の名前呼ばないで下さいよ」


「大丈夫。必要な時は、僕の下僕一号って呼ぶから」


「はっ?」


「ごめんなさい。今の無しで、従僕一号で」


「先輩こそ、ふざけてるんじゃないですか? どちらも意味、変わりませんよ。あっ、先輩は『超』がつくほどのお馬鹿さんでしたね。配慮が足りず申し訳ありません」


「もう、うるさい。行くよ!」


「先輩から、喧嘩を売ってきたんでしょうに……」


 私と先輩は、素早く、敷地に入り込み移動した。巡回の職員は、この時間仮眠を取るための交代に向かっているので、五分間だけ警備が疎かになる。


 そこが狙い目だ。


 そのまま、商会の中へと入っていく。ロッゾ・ベルセインの執務室は一番奥だ。そこに辿り着くまでに、決して気付かれてはならない。


 私達は、最新の注意を払い、商会内を移動した。先輩の地図から想像していたのとは裏腹に、商会は入り組んでいて広かった。


「随分と広いですね」

「黙って」


 何気なく先輩に声をかけ、一蹴されてしまった。 悲しい。


 魔力を同調させているので、私と先輩はお互いの顔を確認できる。昔は、お互いの顔も認識出来なかったらしいが、それを利用した仲間の裏切りにあってから、仕様を変更とジークが言っていた。


 ジークも色々と大変だね。


「まずい!」


 先輩が小さく声を上げた。前方から、人影が見える。この時間に動いているのは、交代した警備の者だろう。


「ぬぅっ。僕の予想より一分も早いな」


 先輩が、隣を指差した。扉を開けると、中は商品を保存する倉庫だった。


「ここでやり過ごそう」


 先輩と私は、倉庫の入り口で息を潜めた。暫くすると、男の足音が近づいてきた。


「あーー。もう少し寝たかったぜ」


「そういうなって、仕事なんだから。そういや、今朝、商会に入りたいと言っていた、平民の少女を追っていた奴等が戻ってきたんだが……だいぶ憔悴してたって話だぜ」


「でも、特にめぼしい事はなかったんだろ」

「みたいだな。まぁ会長は、警戒心が強いから仕方ないだろ」


 どうやら、昼間に来た私の話をしているようだ。先輩が調教した……男達はしっかりと務めを果たしてくれていたようだ。


「ここの商会はただでさえ、紹介制だしな」


「まぁ、地下に誘拐したガキを監禁しているんだから、慎重になるだろ。万一、役所に見つかったら俺達も捕まっちまう」


「そん時は、ずらがるだけさ」


 思いがけず、男達から良い事を聞けた。


「先輩あの……」


「子供達の助けになら行かないよ、僕たちの仕事じゃないもん」


 また、一蹴された。先輩は子供達の事が、心配じゃないのかな。


「さぁ、進むよ」


 考える暇もなく、私もいそいそと先輩の後を追う。ついでにお酒の瓶を一つ拝借した。


 小さい方をだよ。



 基本的に寝泊りしている者の殆どが、就寝している時間の為、気配を消せば部屋の前を通っても気付かれる事はなかった。


 順調に歩みを進めていたその時。


 ガチャッ。前を歩いていた先輩の左部屋が、無慈悲にも開いた。


「やばっ」


 私は素早く反転し、物陰に隠れたが、先輩はどうするのだろう。


「なんだぁ、お前〜」


 男は酒によって泥酔しているようだ。すると先輩は何を思ったかフードを取った。


「えっ、先輩?」


 先輩は私にウインクだけすると、男に近づき甘ーい吐息をかけた。


「お兄さん、私がいい事してあげるからお部屋に戻ろ。ね?」


「お、おう。そうかーじゃあもどるかぁ〜〜」


 足元が覚束ない、男の肩を持ち、先輩は男の部屋へと入って行ってしまった。


 化粧はこういう時のためだったのか! 


 泥酔した男は服なんかみないし、第一、男はそもそも服装より先に、顔と身体に行くだろう、今の先輩なら尚更だ。


 先輩は私に、目配せし、「先に行け、後から行く」と目で訴えてきたので、先輩を置いて行く事にした。


 部屋に入る寸前、「代わってくれない」と視線で問われたので「嫌です」とだけ返しておいた。


 そして、頭の中の地図を頼りに、歩みを進め、最初の進入開始から七分後に、ロッゾの執務室に辿り着いた。


 恐らく、この任務は、私が初めての任務という事もあり、簡単な部類なのだろう。


 だって、部屋の前の護衛? 見張り? も二人しか居ないのだから。


 私は、先程拝借した酒の瓶を彼等に、聞こえる程度の音で割った。


 パリーン。


「なんだぁ今の音。ちょっくらみてくるわー」


 片方が私の方にやってきた。手には酒瓶を持っている。仕事中に酒とか……ありえないなー。


「割れた酒の瓶? 勿体ねぇな、だが何でこんな所に……ぐぶっっーーー! ーーーむがっっ。 ……はぐっ」


 近づいて来た男の口を塞ぎ、そのまま首を掻っ切った。


「ふーー。まず一人と……」


 物言わぬ屍となった男を見やる。……どうみても昼間の男だ。私に破廉恥な事をしてきた奴。


 殺すのに躊躇いはなかった。


「さて、もう一人っと。あれ?」


 ザッ、ブシューーー。


 もう一人の男に先輩が、短刀を首に押し当て、斬り裂いていた。


「戻ってくるの早かったですね。てっきり朝まで……嘘です」


 先輩が物凄く不機嫌そうだったので、からかうのはやめた。


 部屋の灯りはついている。ロッゾはまだ起きていると言う事なのだろう。もうすぐ死ぬというのにご苦労な事で。


「……入るよ」


 先輩に促され、私はゆっくりと扉を開けた。


「誰じゃ?」


 中から、渋い声がかかった。黒淵の眼鏡をかけ、白い髭に白髪のおじさんは、私達の姿を見ても声を上げず、落ち着いた口調で問いてきた。


「声は出さないで下さいね」


 先輩が、短刀をキラリと光らせて脅す。


「……誰に頼まれた」


「言えませんね」


「わしを殺しにきたのか……」


「えぇ。エト」


 先輩に呼ばれ、前に歩み出る。ここから先は、私の仕事だ。 短刀に雷を付与し、ロッゾに構える。


 目の前に、短刀を突きつけられているというのに、彼は微動だにしなかった。


 その気迫に私は少し押された。だが私も退くわけにはいかない。


「ロッゾ・ベルセイン。貴方を殺します」




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