日常の②-9『竜神×嫉妬』

「編集点ろくっ。カメラ見てーっ……はいっ、次はチークねー。いやあん、想像以上なコトこの上ない……」


 部屋には美人さんしかいなくなった。

 ミステリのタイトルには絶対にならなさそうなこの事実を述べる文言は、しかしながら事実だった。

 凡人で男の俺を除いて。


 頬にぺちん、と何かあたった気がして振り向くと、むすっとした花束さんが唇をとがらせて俺を睨んでいる。

 彼女の人差し指が俺のほっぺに触れている。


「……いつまでアヲちゃんに見惚れているのよ?」


 マイクに入らないくらいの小さな声で、彼女が話しかけてくる。


「……うん」


 温い返事は二文字にして、俺は視線をアヲちゃんに戻した。


 メガネを外した時点で、俺はアヲちゃんって思ったより可愛い女の子なんだな、とは思っていた。

 それが、徳川のメイクが進むにつれ、驚愕へと姿を変えた。


 いつの間にかアヲちゃんは、可愛いと美しいを程よく両立した、美少女になっていった。


 もともと、いや、あえて、かもしれないが、地味で女の子らしさを感じさせない風貌だったのだが、メイクを施すことで女の子の部分がだんだんと少しずつ、それこそ美しい一輪の花が咲くかのように強調されていった。

 それで俺は、ファンデーションを塗り終わった辺りから、アヲちゃんから目が離せなくなったのだ。

 そんな男性にも女性にも、それこそ万人受けするフェミニンな魅力が、彼女の中からどんどん引き出されていった。

 その過程を、俺は目の当たりにしたのだ。


「声、出てるわよ?」


 竜神に頬をつねられる。


「……うん」


 いつも通りの魔力の上昇を感じる。もう慣れた、それ。 


「ま、まあ、もともと素材が良いことは、私は、分かってましたけど」


 負け惜しみみたいな花束さんの言葉だが、あまり長い負け惜しみみたいな文章は、俺の頭には、負け惜しみを言ってるなー、ぐらいにしか認識されなかった。必然、


「……うん」


 こんな返事になる。


「……私の魔法でミンチになりたい?」


「……うん」


 眼前では、チークが塗り終わったアヲちゃんが、閉じていた瞳を開いた。すでに目のメイクは終わって、マスカラを帯びた睫が綺麗な音を立てるかのように開かれる。


 まったく、魅せられそうだ。いや、もう手遅れかもしれない。

 隣の魔力の高まりも相まって、スリリングな状況が殊更にその感情を引き立てる。


「あのねえ、わ、私だって、本気を出せば……、って、ちょっと。聞いてるの?」


「……うん」


「恥をかかされているわ。……こんな経験初めてよ。こっちを見なさい。これは命令よ」


「……うん」


「ねえってば。ちょっとってばっ!」


「……うん」


「ほら。ポニーテールやめてみたんだけど、どう?」


「……うん」


「…………お、おっぱい」


「……うん」



「………………っ!」


「……うん。え?」


 バチィンッ。


 いってえ!


 平手打ちだろうか。痛みのした方向を振り向くと、大きな瞳に涙を浮かべた花束さんが、両手を握り締めて俺を見つめている。

 うんうん、今日もやっぱり彼女はいつも通りの美人さんだな。あれ、なんで髪留めとったんだ?まあ、どんな髪型でも美人さんは美人さんだからいいか。

 さて、アヲちゃんは……


「もう知りません。この事件の犯人が分かったとしても教えません。自分で何とかしなさい。阿呆な女なら、アタシ帰るっ!と言いそうなところです。私が阿呆な女じゃなくてよかったわね?ユーリ君。あ、ごめんなさい、撮影中に。徳川さん。私、気分が悪くなったので、先にお部屋に案内してもらってもいいかしら?」


 目を閉じて、乱れた髪をかきあげた花束さんが、怒気を抑えていることを隠そうともせずに撮影中の徳川に向かって言った。

 苦し紛れにおっぱいと聞こえたような気がしたが、あれは阿呆のすることではなかったのだろうか。


「うーん。もうちょっとで終わるんだけど……。まあ、いいか。じゃあ、アヲちゃんはそのまま動かないで待っててね。……で、浮気性の君は、どうする?」


 よく分からないが、いろいろ誤解だと思う。


「じゃ、じゃあ、俺も、部屋を案内してもらおうかな。明日の予定は?」


「特にないよー?あ、でも明日だったら、『戦国時代』が集まれるかも。……ノブナガと、ミツヒデ。会いたい?」


 俺は即答で縦に首を振った。


「じゃあ、明日も手伝いよろしくねっ!でも、今日みたいのはやめてね?撮影中断したりするの。ノブナガは怒るからさあ。二人ともちゃんと仲直りしてから、朝の十時にここ集合でっ!じゃあ、しゅっぱーつ!」

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