日常の②-5『GWの過ごし方』
ゴールデンウィーク初日の五月二日は、晴天だった。
ユーリには家で過ごすように言われたライガだったが、日々の鍛練を欠かさない彼は、今日も鎧を脱いで魔法のカバンに収納し、動きやすい服装に着替えてアパートを出た。
もちろん、ミハルには変身魔法をかけてもらっている。
数分前に準備運動を兼ねた走り込みを終えた。天気のせいか、大した距離でもないのに今日は少し汗をかいてしまった。
いつもなら、このまま人里離れた山の中に向かって、森で剣の鍛練を行う彼だったが、今日は予定が異なる。
ある場所に向かって、ライガは走り出した。
先日、久しぶりにユーリに大学まで連れて行ってもらった時に、あるサークルの部員から彼は声を掛けられていた。
「ねえ、君。硬式テニスに興味ない?うちら、真面目にテニスするサークルなんだけどさ」
正直、ライガは興味がなかった。テニス、と言って思い出すのは、こちらへ来てから読んだマンガだ。それは必殺技を叫びながらラケットを振るようなものだった。
「ゴールデンウィークには練習試合もあるんだよ。今ならすぐ試合に出てるよ?」
興味はなかったが、対人戦ができるとなると話は違う。
剣の鍛練も森の木々相手ばかりで、飽きはしないが単調だ。握る物は違えど、何か得るものがあるだろう、と彼は練習試合に出たい旨を、その男に伝えた。
そして今、ライガは土のコートに半袖短パン姿で立っていた。借りたラケットを握って。
ルールは教えてもらっている。先にラケットをボールで打つ方、サーブは、ゲームごとに交代で、先に四点とった方がゲームを得られる。決められた数のゲームを先取すれば勝ちだ。三点対三点でデュースと呼ばれる二点先取のサドンデスが始まる、らしい。
「なんなんだよ、アイツ。相手と同じフォームで、相手と同じ場所に返してんぞ。すげえな……」
学ぶ、という言葉の語源は真似る、とライガはどこかで聞いたことがある。だから序盤は、相手を真似ることから始めた。相手も様子を見ているのか、うまくラリーができている。
その時だった。
「ハドォオーホォオアーッ!!」
ライガが叫ぶと同時に、ラケットから放たれた剛速球。
その球が、相手の腹部に直撃した。
◇
ゴールデンウィーク二日目の五月三日。その日はくもり空だった。
昨日、ライガは相手にケガを負わせて退場となった。
本気でやらなくて良かった、と彼は思う。軽いケガで済んで良かったが、全力でラケットを振っていたら相手の腹部に穴をあけていたかもしれない。いや、その前にスイングにラケットが耐えられなかっただろうが。
なんだか寂しくなってしまって。
ライガは、T都に旅行に出掛けてしまったユーリに思いを馳せる。今日のT都の天気は、どうだろうか、と。
剣道サークルの練習試合に参加しながら。
正直に言えば、嗅覚の鋭い獣人には、耐えねばならないことは多かった。
「だめだめ、なってないよ。それじゃあ、ただ棒を振ってるだけ。しっかり腹から大きな声を出して、気合を込めて振らないと。こう!」
防具に身を包んだ男が、ライガに指導する。初心者、とは伝えたが、試合にも出してもらえず、ただ竹で出来た棒をステップを踏みながら振るだけとは聞いていない。
それにライガはどうしても、竹刀と呼ばれるこの棒で打ち合っている、先輩方の試合の方が気になって、集中できないでいた。
「こ、こうでしょうか……?」
大きな声を出して、攻撃することを相手に伝えてもいいものなのか、暗殺も生業とする騎士団に所属しているライガには、多少の疑問もある。
しかしながら、気合、とは言い得て妙な言葉だ。
相手を圧倒するくらいの気持ちの強さ、勝利への執念、勝負への集中力を極限まで発しなければ、強い敵に勝つことなど出来るはずがない。
ライガは目を閉じて、集中した。
腹から、声を出して棒を振る。俺の胆力の全てを、声に乗せて。
ライガの両目が、かっと見開かれる。
獣の咆哮が会場中に轟き、ライガ以外の人間たちは全員、卒倒してしまった。
◇
「それで落ち込んでるわけ?らしくない。……風邪でもひいたんじゃないの?」
六畳一間の片隅で、ヒザを抱えるライガにミハルが告げる。
「いえ、つくづく、こちらのスポーツに向いていないのだな、と痛感しまして……」
無理な笑顔を顔にくっつけて、背中を向けていたライガがミハルに応えた。
溜め息を吐きながら。
慈愛に満ちた表情で、ミハルはライガの背中に手をあてた。
「あなたは、ナユタで知らない者はいない騎士団の団長でしょ?しっかりしなさいな。今日の夕飯は好きなの作ってあげるからさ」
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