日常の24『その頃、魔法使いはと申しますと』

 ミハルには魔法の他に、相手に触れることで相手の過去と未来が見える特殊能力が備わっている。

 それは、彼女が遥か昔に時空間魔法を覚えたことで、発現した能力である。

 使用には制限があるものの、この世界の対象物で使用できないのは、竜の生まれ変わりである、名前を出すのも嫌になるあの化け物達ぐらいだろう、とミハルは考えている。


 禁呪と、勇者を連れて来るための多次元移動を可能にしようと、苦労して覚えた時空間魔法だったが、ミハルは昔、ナユタ大陸にいた頃に酷い目にあったこともあり、今は自身を若返らせるためにしか使っていない。


 しかし、ひょんなことから彼女は過去視を使用してしまった。


「なんなの?ライガ、どこ行ったの?」


 お昼時ということもある。

 ざわざわ、と学生のごった返す教育学部の食堂で、ミハルはキョロキョロしながらライガを探していた。

 勇者様のために大学内の安全を確保する、と側を離れてからすでに一時間が経とうとしている。


 三メートル四方の白いテーブルがいくつも置かれ、そこで学生たちが時には笑顔で、時には、それしかすることがないかのように黙々と、食事を摂っていた。


 大魔法使い、と呼ばれてはいるが、彼女はちょっとしたところで間違えることがある。

 弘法も筆の誤り、というこちらの諺をナユタ大陸で覚えた時に、自分のことだな、と彼女は感じたことがある。

 が、その実、おっちょこちょい、という周囲の評価を、彼女は彼女の知らないところで、しっかりと得ていた。

 各国において地位の高い、伝説の大魔法使いだから誰にも指摘はされないだけだったのだが。


 彼女は確実に魔法の対象を制限した。だから絶対にそんなことはないのだが、ちゃんと対象から外したか、自分を信じられなくなり始めたのが三十分前のこと。


 ついに認識阻害魔法を解いたのが、つい十分前だった。


 そのせいで、


「どうしたの?お嬢ちゃん、迷子?」


 とカップルに話しかけられる始末。


 反応に困っているミハルを、相手は勘違いしてくれたようで、


「ソラくん。この子、迷子みたいなの。お母さんのところに案内してあげましょう?」


 と、背後に向かって告げた。

 少し離れたところから、実直そうな青年が近寄って来る。


「おかーさんに、ここで、まっててって、ミハル、いわれてるの」


 と、年相応の返答をしてみるミハル。


「そっか。にしても君、かわいいわね。……じゃあ、お姉ちゃんとお兄ちゃんと一緒に、おやつでも食べて待たない?」


 押しの強い人だな、とミハルは思う。女性はキラキラした目で視線を離さない。

 向こうの世界だったら、誘拐の疑いをかけられても仕方がないのだが、こちらの世界では違うのだろうか。


「……おかーさんに、しらないひとから、たべものもらっちゃだめーって、いわれた」


 正直、どちらでも良いのだが、相棒を探していた手前、ミハルは丁重に幼児らしくお断りした。


「沙世、小さい子が好きなのは分かる。でも困らせちゃダメだ」


 背後から長身の青年が、女性の肩に手を乗せた。よく分かってるじゃない、というのがミハルの心の声。

 肩に手を乗せられた女性は、振り返って微笑む。もう一度、ミハルを向いて、胸の前で手を合わせた。


「ごめんごめん。そうだよね。ミハルちゃん?私の名前は、松井沙世。お友達になりましょう?」


 強気そうだが、可愛い仕草もするな、とミハルは思った。そのまま、彼女が握手を求めてくる。


 小腹も空いたし、ちょっと甘えてみようかしら。


 ミハルは手を握った。


「…………………………」


「ミハルちゃんの手、フニフニしてて超可愛い。あー、マジで癒されるわー。さあ、何でも食べたい物をおっしゃいなっ!」


 気を良くしてか、沙世が鼻息も荒く嘯いた。

 ミハルはハッと我に返る。


「じゃ、……じゃあ、ミハル、ちょ、チョコレートケーキが食べたーいっ!」


 笑顔を表情に張り付けてミハルは、はしゃぐ幼児を演じる。

 と、食堂を照らす光が急にチカチカと点滅した。


「……なに遊んでるのよ?」


 背後で急激な魔力の高まりを感じ取る。

 慌ててミハルは背後を振り返った。


 そこには、こちらの常人の眼には見えない、ドス黒い魔力の敵意を天井の蛍光灯まで昇らせた、元竜神。


「やっと見つけた」


 ミハルにはその言葉が、足元から全身に這いずり、頭から丸呑みされるような錯覚と共に聞こえていた。

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