第67話 記憶にございません
「んあ~」
目を覚まし、腕を伸ばす。
今日は朝から気分が良い。
もの凄い気持ち良い夢を見ていた気がするのだが、記憶は一切無い。
なんかもったいないな……
「あれ?」
隣に弓花の姿が無い。
昨日は一緒に寝てたのに……
普段の起床時間よりも早く起きた。
なのに弓花がいない。
朝は準備があるため早く起きているのを知っているが、弓花の性格なら俺を起こして朝からイチャつくはず。
「おほっ」
下腹部がごそごそとし出して、ベッドの真ん中あたりの毛布から弓花が出てきた。
弓花はハンカチで口元を抑えていて、視線を逸らしてどこか居心地悪そうにしている。
「何してたんだ?」
「べ、別に何も」
明らかに何かをされていたようだが、弓花は何もしていないと答える。
俺はベッドから起き上がろうとするが、変な脱力感があって少し立ち眩みをしてしまう。
「あっと」
寝相が悪かったのか、寝間着のズボンがはだけていたので慌てて履き直す。
ちょっと下着のトランクスが弓花に見えてしまったじゃないか。
「弓花……おはようのキスがしたいのだが」
「ご、ごめんなさい、ちょっと口をゆすいでくるから」
弓花は慌てた様子で洗面所へと向かっていった。
ハンカチで口元を抑えていたこともあり、何か口に異物でも含んでしまったのだろうか……
何故か朝から不自然な様子の弓花。
無性に気になるな……
「好きだ」
俺は洗面所へ向かい、鏡と向き合っていた弓花を背中から抱きしめた。
「どーしたの咲矢?」
「弓花、何か隠してるだろ?」
「別に何も……」
相変わらず白を切り続ける弓花。
「明らかに何かしてただろ」
「何かしてたかと言われれば何かをしていたと答えるしかないわ。でも何を何して何していたかは、あまり言いたくないのだけれど」
「言いたくないと言われてもな……寝ている間に俺の身に何かされていればどうしても気になっちゃうだろ」
弓花のことだからまさか俺が寝ている隙に何かやましいことをしているとは思わないが、何をしていたのかは把握しておきたい。
なんとなく察してはいるが。
「別に寝ている彼氏の身体に何をしようが彼女の勝手じゃないかしら」
「弓花になら別に何されてもいいが、気にはなるんだよ」
「咲矢だって寝た振りをしている私の身体をけっこう触ってくるわよね?」
追い詰められた弓花はカウンターの一撃を見舞ってくる。
「……別に何も」
「白を切っても無駄よ。今までも一緒に寝てる時だけは大胆になってたじゃない。寝てて意識無いからセーフだと思っているのかもしれないけど」
俺は本当に何もしていない。
ただ、うとうとして無意識に何かを触った記憶はおぼろげにはあるが……
「別に咲矢を責めているわけじゃないわ。咲矢に求められるのはむしろ嬉しいし、私も咲矢が触りやすいような体勢になって寝たふりしていたしね」
「だから触りやすかったのか」
「ほら、何かしてるじゃない」
「いや、俺は何もしていないはずだ。記憶にない」
記憶にはございませんと言えば全てを乗り切れる。
政治家さんたちもそうやって数多くのピンチから逃げてきたのだ。
「私も咲矢が寝ている時はけっこう好き勝手させてもらっているわよ。どうしても自分の欲求を我慢できなくて発散させてもらっているわ」
おいおい、俺さん寝ている間にいったい何されてんだよ……
「今からその事実を包み隠さずに発表し合う? それをしてしまったら、実は私達はもう一線を越えてしまっていましたってオチが待っているかもしれないけど」
「いや、もう何も言わなくていい。俺が悪かった」
「そうよ、それでいいの。お互いに都合の悪いことは黙っておくべきよ」
都合の悪いことは隠す方が良い。
それは俺達のことだけではなく、この世界でも同じことだ。
実は花粉症を治す薬は見つかっているが、薬や対策グッズの利益が甚大なためにあえて公表していないとか。
家電とかも本当は何十年も壊れないように作れるけど、頻繁に買い替えさせるためにあえて耐久性を落としているとか。
そんな噂を聞いたことがある。
「考えてみてよ、そもそも私達が一線を越えたって、その事実を誰かに言わなければそれは一線を越えたことにはならないわ。私達以外誰も知らないのだから」
「た、確かに当事者の俺達が越えてないと言えば越えてないことになるしな」
「そうよ。だから別に一線を越えても、誰にも言わなければ問題無くないかしら?」
「なるほど……」
「じゃあ、今度二人でお泊りでどこかへ行きましょう。そこで一線を越えて、何も無かった顔で帰ってきましょう。そうすれば何もなかったことになるわ」
ヤバいな……
また弓花の屁理屈に洗脳されてきている。
「咲矢もキスよりもっと気持ち良いこととかしたいでしょ?」
「したくないわけないだろ!」
「どっちなのよ」
「あっちだよ」
「そっちね」
わざわざ口にしなくても理解してくれる弓花。
これが一卵性双生児の意思疎通だ。
「まぁいいわ。でも、いつでも私の前で寝た振りしてくれていいわよ。その時はまた、あなたのたくましいところ、たっぷりと可愛がってあげるから」
「いったい何の話だよ」
「知る必要は無いわ。その時も寝てたから何が起きたかは知らないと言えばいいのだし」
このままでは、今まで隠していたけど実は一線を越えてましたなんて未来が待っていそうだな。
「ふぅ……」
俺は天井を見ながら一息ついた。
このまま真実を隠し続けて生きていくのもいいかもしれない。
コナン君に見つからなければ推理されてバレることもないだろう。
実際、母や妹と隠れて弓花とキスとかしているわけだしな。
隠していれば、何も問題はないんだ。
隠し通すことができればな……
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