二十五夜 アンタらってお似合いだわ

『目的地周辺です。案内を終了します』


 カーナビの音声が聞こえた。車は舗装された道路から砂利道へと入って行く。車が一台やっと通れるぐらいの細い道。ここまで来ると、頼りはヘッドライトの明かりだけだ。照らし出される風景は、滅多に人の立ち入らない山の中のそれだ。


「本当に、この先なんですか?」


 これまでとはあまりに違う風景に、瑞穂みずほは不安そうに訊く。


「多分、もう少し行くと地図にあったお寺が見えてくるはずよ」


 紅葉くれはが答える。

 車はなおも砂利道を進む。距離にして十メートルくらい走ったところで、少し広い場所に出た。更にその先に、今度は車での通行が難しそうな細い砂利道が続いている。雑草だらけだが、以前はここが駐車場として使われていたのだろう。


「車はここまでね」


 佳乃よしのの言葉を合図に、全員が降りる準備を始める。


「ねぇ」佳乃が後部座席に問いかけた。「最後に確認させて」


 けいたちの動きが止まった。三人とも佳乃を見る。


「これから先は、本当に危険かもしれない。あなたたちが見たくないものを、見てしまうかもしれない。

 それでもついてくる? ここで待つ選択肢もあるわ」


 そう言って、佳乃は三人を見回した。恵も美音子みねこも、瑞穂も、強い意志を持った瞳で佳乃を見返してくる。


「聞くまでもなかったみいね。行きましょう」


 全員が外に出た。刺すように冷たい空気が、五人を包む。

 佳乃と恵の二人が、それぞれ大きめのマグライトを持っていた。紅葉は佳乃の隣り、美音子と瑞穂は恵の隣りに立っている。紅葉の手に木盤はなかった。車の中に置いてきたのだ。


 十三夜の前日とあって月明かりはあるが、背の高い木々に遮られて細道まで十分届かない。

 吐き出される息の白さが、マグライトの光の中に浮かぶ。その明かりも頼りなく、木の生い茂る山の中では暗闇は圧倒的だった。

 さらに奥へと続く道の両端に、石でできた柱が二本あった。一メートルちょっとの高さがある石柱には、文字が彫ってある。佳乃が石柱に明かりを当てた。


成奉寺せいほうじ……? この先ね」


 長らく人の出入りがないと思われる細道の先にはひたすら暗い世界が続いていた。

 佳乃が道のはるか先をマグライトで照らす。光の届くギリギリの場所に何かあるのが見えた。

 五人は道へと入って行く。


「なぁ、折原おりはら


 先を行く恵の背に、美音子は問いかける。


「なんだ?」

「折原は来崎くるさきのこと好きか?」

「な、なんだよいきなり」


 恵が照らす明かりが揺れる。


「いや、来崎の為にここまで来たんだ。二人が仲が良いのは知っているが、ホントのところ、どうなのかと思ってな」

「……あいつとは、約束したからな」


 ――みのりがいないときは、どこにいても、さがしてみつけてやる。

 それは、幼いころ交わした約束。


「約束?」

「ああ。もう覚えてないかもしれないけど……あいつのこと〝ひつよう〟にしてやる。どこにいても探してやるって。まだ小さかったから、ろくに言葉の意味なんてわかってなかったのにな」


 恵は苦笑した。


「……折原」瑞穂は優しい声で言う。「美紀みのりね、アンタに〝ひつよう〟だって思われてるなら嬉しいって言ってたよ」

「……そうか」

「で、折原。来崎のことは好きなのか?」

たき、おまえ意外と執念深いんだな」

「それが持ち味だ」


 恵は諦めたようにため息をつく。


「好きか嫌いかで言えば、好きだよ」


 その言葉を聞いた美音子と瑞穂は、同時に笑い声を上げた。


「なにがおかしいんだよ」

「やっぱアンタらってお似合いだわ」

「そうだな」美音子も愉快そうに言う。

「だから何がおかしいんだよ」


 笑いやまない二人の様子に、恵は憮然とした表情を浮かべる。

 突如、目の前の景色が変わった。石の階段が見える。先は小高い丘になっており、上には古びた門があった。

 さきほど光の先に見えたのは、この階段らしかった。


「この上が目的地よ」


 前を歩く紅葉が言う。立ち止まって恵の方を向き、ジト目で睨んでくる。


「な、なんですか?」

「別に」


 紅葉はぷいと横を向く。そんな彼女の様子を見て、佳乃が笑うのが見えた。


「なによ、佳――」


 抗議をしようとした紅葉の言葉は、しかし突如起こった爆音によって遮られた。音と同時に突風が五人を襲う。


「何?」


 音と風は門の向こう、寺の中からやってきたのだ。五人が見ている前で、また爆音と突風が襲ってくる。


「佳乃、先に行く。その子たちをお願い」


 佳乃の方を向いた横顔から見える彼女の瞳は、赤く輝いていた。その様子に恵たちは息を飲む。言葉が終わらぬうちに、紅葉は走り出した。

 駆けだした紅葉は、恵たちの様子に気づかない。自分ののど元に右手を当てると、チョーカーに飾られている月長石ムーンストーンが輝きだした。

 紅葉は階段の手前で大きく跳躍する。そのまま階段に足をつけることなく、段数より更に上へと飛び上がった。空中で彼女は月長石ムーンストーンの生んだ光を両手で包むようにして胸に当てる。

 光は紅葉の体をすり抜けて背中へと移った。そして頂点に達し体が下降を始めた瞬間、紅葉の背中で光りが弾けた。


「!」


 恵たちが驚く目の前で、光は収束して紅葉の背中に薄い光の幕を作った。


「羽根?」

「月の光を使って具現化したの。それが紅葉の〝月の贈り物ギフト〟よ」


 瑞穂の呟きに佳乃は答える。紅葉は重力に逆らって飛び上がり、そのまま門の向こうへと消えて行った。


「月に捕らわれた者は〝人〟でなくなる。その意味、わかったでしょ?」


 誰も何も答えない。恵たちは、呆然と見つめるのみだ。


「まさか美紀も、もう?」


 恵が問う。だが、佳乃は答えない。そんな彼女に焦れたように恵は言葉を続けた。


「俺は……月が怖かった。美紀が家出したあの日、公園で見かけた美紀は月をずっと見上げていた。俺の見たことない、楽しそうな表情で。そのとき、美紀が月に連れていかれるような気がした」

「……折原」

「だから、俺は叫んだ。美紀を呼び止めるために。そしていつか月がまた美紀を奪うようなことがあったら、その時は俺が守ろうって思った。まだガキだったから本気でそう思ってた。強くなりたかった」


 恵は俯いた。その姿は弱々しく見える。


「あなたには、美紀ちゃんが本当に〝ひつよう〟?」


 佳乃の問いに、恵の表情が引き締まる。


「……ああ。俺には美紀が〝ひつよう〟だ」


 まっすぐな瞳で恵は佳乃を見た。そんな少年を見て佳乃は微笑む。


「なら美紀ちゃんにそれを言ってあげなさい。あのはまだ〝人〟よ。今なら完全に捕らわれる前に戻ってこられる。あなたと――」佳乃は美音子と瑞穂を見る。「すてきな友達がいれば、あのは〝人〟でいられるわ」


 佳乃は恵たちに背を向けた。


「行きましょう、美紀ちゃんを取り戻しに」

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