★セシリーEND 【樹海深くのわがままなお嬢様】



「なに情けない顔してんのよ、クルス……」


 涙で霞んだ視界の中にはセシリーがいた。

 幼い日から今日まで、ずっと彼のことを慕い、待ち続け、果ては魔物にまでなった少女。

どんな状況であろうとも、元貴族令嬢としての気品と強さは、今のクルスにとって心惹かれるものがあった。


「泣きたいなら泣きさない。今だけは許してあげるわ……」


 セシリーは彼をそっと抱き寄せた。クルスもまたセシリーへ身を委ねる。


 夕日が水平線の向こうへ沈み、夜が訪れる。


 クルス達は絶海の孤島へロナを手厚く葬ると、そこを後にするのだった。



⚫️⚫️⚫️



 東の魔女は滅び、聖王国には再び平穏な日々が訪れた。

 誓いを交わしたクルス達だったが、ロナを失ったことにより、それぞれの気持ちに隔絶が生じる。


「セシっち、クルス先輩のこと頼んだっすよ。もう先輩を救えるのはセシっちしかいないっすから……」


 ゼラもまたそう言って、故郷へ帰ってゆく。

 ビギナもまた静かに頭を下げて、ゼラへ続いて行く。これがこの二人との最後の別れであった。


「帰るわよ、クルス。私たちの樹海に」

「……」


 セシリーの柔らかい指先が、クルスの手を優しく包み込む。

 クルスはセシリーに連れられ、フェアやベラと共に樹海へ戻ってゆく。



 そして半年の月日が流れた――




「クルス、もたもたすんじゃないわよ!」

「ま、待て、セシリー……」


 先行していたセシリーは、岩の上に立って、不満そうにクルスを見下ろしていた。

 魔物と人間では身体能力にかなりの開きがある。

そのペースに合わせろ、という方が無理というものだった。


「ほらほら早く! お茶の時間きちゃうわよ!!」

「そんな時間きっちりにお茶をしなくても……」

「ダメよ! お茶は時間きっちり行う! これ貴族の常識! つべこべ言わずにさっさと歩きなさい!!」

「う、むぅ……」


 相変わらずセシリーはわがままで、かなり煩い。日々、様々なところへ連れ回られ、きっちり午前と午後のお茶を欠かさない。

正直なところ、そういうセシリーの態度に辟易しているところはある。

それでも、


「う、うわぁ!?」


 調子に乗ってヒョイヒョイ進んでいたセシリーは、苔に足を取られて、岩の上から滑り落ちる。

しかし地面へ尻餅をつく寸前に、クルスが受け止めて、ことなきを得た。


「だから慌てるなと言ったんだ。危ないだろ?」

「え、えっと、そのぉ……ごめん……」


 いつもはわがままで煩しくせに、こういう時ばかりは潮らしくなる。

そんなセシリーのことを、ここ最近ではとても可愛く思えて仕方がない。


 それにこうしてセシリーと過ごしていると、胸の奥にある重苦しい気持ちを感じずに済んでいた。

セシリーといるときは、ロナを失う以前の自分へ戻っているような気さえした。


 ロナを失った傷跡はまだ時々クルスを苦しめている。

しかしいつまでも立ち止まっている訳には行かない。


 自分を立ち直らせるために、我がままながらも一緒にいてくれた、セシリーのためにも。


「セシリー」

「ん?」

「これからもどうか、よろしく頼む」


 改めてそう告げると、セシリーは腕の中で満面の笑みを浮かべた。


「もちろんよ。嫌だって言ったてもう離しはしないわ!」



 セシリーEND


*次の更新がトゥルーエンドです。お楽しみに。

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