第107話三戦騎と勇者



(あと、少し! あと少しで!)


 仲間たちや1000のビムガンのおかげで巨大ラフレシアの蔓は、東の魔女の塔の目前にまで迫っていた。

しかし寸前のところで影の魔物ザンゲツの大群が現れ、行く手を塞ぐ。


 すると蔓の上に乗るベラが立ち上がった。

 ベラは思い切り空気を吸い込み、胸を大きく膨らませる。


「どっせぇぇぇぇ――――いっ!!」


 ベラの甲高い声が空気を震撼させ、特殊な音波をもった"バインドボイス"が荒野に響き渡った。


 破壊力を有するようになったベラの叫び声は、目前のザンゲツの大群の体を揺るがし、崩壊へ導いてゆく。

 そして残った影の魔物は勇敢なビムガン達によって殲滅されてゆく。


「セシリーやるのだぁー!」


 ベラが飛び降りるのと同時に、巨大ラフレシアの太い蔓が、禍々しい東の魔女の塔にぶつかった。

 無数の蔓が地面から這い上がり、塔を締め付けてゆく。禍々しい塔が、ボロボロと崩れ始める。


 そしてセシリーは蔓を通じて感知する。

 塔の上で不敵な笑みを浮かべる背中から二枚の黒い翼を生やした、長く赤い髪を持つ童女――東の魔女であり五魔刃五ノ刃タウバ・ローテンブルクの姿を。


「良くここまで攻め入った。遊戯はこれぐらいで無ければつまらんからのぉ!」


 タウバは塔の上から飛び立つ。そして両手を掲げて、そこへ瞬時に魔力を収束させる。


「次はこっちの番じゃ! さぁ、現れいでよ! わらわの哨兵、闇魔人ダークゴーレムよ!」


 タウバは収束させた魔力を地面へ放つ。それは不毛の大地へ幾つもの黒い染みを浮かび上がる。

そしてそこから、新たな怪異が姿を現した


 形こそティータンズを闊歩していた"岩巨人"とさほど変わりはない。

 顔にあたる箇所に"血走った大きな目"と"黒光りする体表"が相違点ではあった。


 出現した闇魔人は、まず最初に魔女の塔を締め上げる、セシリーの蔓へ取り付き、これを剥がし始める。


「面白そうな玩具じゃない! 相手をしてやるわ!!」


 セシリーは塔へ絡めていない蔓を動かし、闇魔人を激しく殴打した。

しかし闇魔人はびくともしない。


「ちっ! ならこれでどう!!」


 先端の膨らんだ蔓を掲げ、そこから無数の棘のついた種を打ち出した。

種は闇魔人の表面にぶつかるが、弾けて砕けるのみ。

全く効いている様子は見られない。


 すると、何体かの闇魔人がのっそりと踵を返す。

顔の部分にある単眼が一瞬赤い閃光を放った。

閃光は攻撃を仕掛けていた巨大ラフレシアの蔓をあっさりと焼き切る。


「へ、へぇ……やるじゃない」


 セシリーは巨大ラフレシアの中で冷や汗を浮かべながら、笑みを浮かべる。


 そして魔女タウバの攻勢が始まった。

 東の魔女の塔から全ての蔓を剥がし終えた闇魔人は横隊を形成し、進撃を開始する。


「怯むじゃなか! ただバカでかいだけじゃけん! やっちゃれ!」


 ビムガン族長フルバの勇ましい指示と共にビムガンが一斉に闇魔人へ襲いかかる。

 しかし闇魔人の体表は刃が通らないほど固かった。さらに、目からの怪光線は地面へくっきり軌跡を刻むほどの熱量を有していた。


 ビムガン族は懸命に戦いを挑むが、闇魔人に対してはほとんど無力といって差し支えなかった。


「ぎゃぁあぁぁあ!!」


 更に影の魔物ザンゲツが現れ、鋭い爪でビムガン達を引き裂く。

 大と小の闇の眷属の猛攻は留まるところを知らない。


「戦いを肯定する邪悪な魔物! 滅ぶべし!」

「ぐはっ……!」


 フェアは傀儡術拳士フラン・ケン・ジルヴァーナの鋭い回し蹴りを喰らい、吹き飛ばされる。

 サーベルも装備も、そして彼女自身も傷だらけだった。


「これで終いだ!」

「うわぁぁぁーっ!」


 真っ赤に輝く吸血騎トリア・ベルンカステルの蛇剣がゼラの大剣をへし折り、鎖帷子を激しく切りつけた。


「ゼラねえ様!!」


 倒れそうになったゼラを、ベラが蔓と腕を使って、辛うじて受け止める。。


「サンキューっす、ベラっち。最前線の様子はどうっすか?」

「なんか黒くて、おっきくて、てかてかしたのが出てきたのだ! すっごく激しくて、滅茶苦茶なのだ!」


 ベラは身振り手振りで様子を話すと、ゼラはにやりと笑みを浮かべた。


「そうっすか。いい感じっす。下がるっすよ!」

「おう!」

「逃さんぞ!」


 蛇剣を掲げたトリアの前へ、ベラが躍り出る。


「どっせぇぇぇ――いっ!」

「っ――!?」


 バインドボイスの音圧がトリアに襲いかかり、体勢を崩させた。

その隙にベラとゼラは後方へ下がってゆく。


「カハッ!」

「チッ!」


 フェアもまた煙幕を吐き出しフランの視界を奪うと、姿を消した。


 敵の攻勢は続いてゆく。開戦当初の好調は失せ、今や防戦一方に転じてしまっていた。

そして東の魔女の軍勢は、遂にセシリーが生み出した巨大ラフレシアを肉眼で捉えられる場所まで到達する。


「や、やられるものですか! やらせはしないわ!」


 セシリーは無数の種を放ち、巨大な蔓を動かして、闇魔人の進撃を食い止めようと奮戦する。


「ウチらももう一回行くっすよ!」

「おう!」

「承知!」


 最低限の補給と治療を済ませたゼラ、ベラ、フェアの三人は再び絶望的な状況の戦場へ戻ってゆく。

 人数の5分の2が失われたビムガンも、その勇敢さを失わず、果敢に敵へ挑みかかった。

そんな戦況を見て、セシリーは顔を歪ませる。


(まだ来ないの? くそっ……!)


 視界の隅に闇魔人の背中が映った。その黒い影の下には、まだ闇魔人の存在に気づいていないベラの姿が。


「ベラっ!!」


 セシリーは慌てて巨大ラフレシアの蔓を掲げる。しかし、闇魔人の拳はすでにベラへ狙いを定めていた

間に合うか否か。

 その時、ベラを狙っていた闇魔人の腕へ鋭い閃光が過った。

巨大な腕があっさりと切り取られ、ベラの背後へドスンと落ちる。

次いで現れた"赤、黄、青"といった流星のような三つの輝き。

 三つの輝きは縦横無尽に荒野を駆け巡り、闇魔神を、あるいはザンゲツを悉く撃破してゆく。


「これがあの東の魔女の手下? 大したことはないわね!」


 聖王国正規軍の正式装備である白銀の鎧に身を包んだ、赤い髪をショートカットにした女性は、真っ赤の炎を纏う大槍を凪いで、周囲のザンゲツを一掃する。


「魔物にもモテモテ? さっすがあたしね!」


 金の長い髪を持つ少女は開いた鉄扇を武器に、まるで踊るかのように敵を駆逐している。


「ゴー! 氷結風アイスウィンド


そして魔導書を手にした眼鏡をかけた知的な雰囲気の青い髪の少女は、氷属性魔法を発し闇魔人を一瞬で凍結させる。

 

「ゴ、ゴールデンボンバーっ!」


 最後に甲高い少年の声が響き渡って、黄金の魔力の輝きが闇魔人やザンゲツを飲み込み一瞬で蒸発させる。


「ええい、小賢しい! 何者だ!!」


 手下の酷いありさまを近くで見ていた吸血騎トリア・ベルンカステルは激昂する。

すると赤、黄、青の輝きが、トリアの前へ降り立った。

 

「よく聞いてくれたわ! 耳をかっぽじって良く聞きなさい! 私は“一の騎士”クレナ=メン!」


 赤いショートットの少女は槍を構え、勇ましいポーズを取る。

 

「こんにちは世を乱す悪者さん。あたしはポーラ=メン“二の騎士”よ!」


 金の長い髪の少女も鉄扇を開いて、華麗なポーズをしてみせた。


 しかし青い髪の眼鏡の魔法使いは、視線を右往左往させている。どうやら先の二人――クレナとポーラ――のノリについて行けてないらしい。

すると赤の金の二人がギロリと睨みを効かせる。

 眼鏡の魔法使いは顔を赤く染め、ため息を着いた。

 

「“さ、三の騎士”ラトーラ=メン……姉さん達、やはりこうした名乗りはあまり意味が無いような……」

「あるわ!」

「あるわよ!」


 クレナとポーラは声を重ねてツッコミを入れた。すると、ラトーラは少し恥ずかしそうに俯き口を閉ざす。

よく見れば三人の娘の顔はそっくりだった。


「名乗りは戦場での礼儀! 挨拶は戦いの基本よ、ラトーラ!」

「それにあたしたちは“勇者様”の前座だもの! まずはちゃんと開幕の花火を上げないとね!」

「は、はぁ……?」


 赤いクレナが下がると、ポーラとラトーラも道を開ける。

そこにいたのは金色の鎧を身にまとった少年。

 目鼻立ちがクレナ、ポーラ、ラトーラによく似ている可愛らしい、美少年である。 


「ステイ頑張ってー!」

「かっこいいとこ、ポーラお姉ちゃんにみせてぇ!」

「ファイト、ステイっ!」


 少年は顔を赤らめながらも、

 

「ぼ、僕は勇者! ステイ=メン! 聖王へいかに変わって、じゃあくな魔女をたいじしにきたぞぉ!」

「きゃー! 良いわよ、ステイー! 素敵よー!」

「さすがステイ! いけてるわ! さっすがあたしの弟ね!!」

「グッド、ステイ!」


(な、なに、この人たち……? もしかしてこの人たちが……三戦騎と新しい勇者ってやつ……?)


 三戦騎――聖王国正規軍所属の騎士達で、いずれも武家の名家“メン”家の出身。

 聖王国では最強の一角とみなされる猛者の顔のそっくりな三つ子姉妹である。


 そして勇者ステイ=メン――フォーミュラ=シールエットの死亡により、10歳という若さで勇者に抜擢された逸材。


 どうやらフルバが聖王国へ出した救援要請が、間に合ったようである。


「い、いけぇ! 三戦騎! じゃあくな魔女へせいおうこくの力をみせつけるんだ!」

「「「承知ッ!!」」」


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