第72話怒る樹海の守護者
*あんまりもやっとしないでくださいね。ちゃんと終盤で解決しますから。
ストレス展開箇所です。
気になる方は溜めて読んでも良いかと。四章終了は約1週間後です。
「セシリー、これはなんの真似だ?」
クルスは突然乱入してきたラフレシアのセシリーと、マタンゴのフェアへ鋭い視線を投げかける。
「それはこっちのセリフよ、クルス。あなた、自分が今、なにをしようとしているのか自覚はあるの?」
「俺は、俺とロナの願いを叶えたいと思っただけだ。お前にとやかく言われる筋合いはないと思うが?」
「ふん! 相変わらず質問を質問で返してくるなんて、失礼なやつね! 私は樹海の守護者として、当然の反応をしたまでよ!」
セシリーは威嚇するように、手にした棘の鞭で地面を打つ。そしてロナを鋭く睨む。
「ロナ、あなたにも聞くわ。本気で樹海から出てゆくつもり? 今、考え直せばこの件は無かったことにするわ。どうかしら?」
「愚問です。私の考えは、想いは変わりません! 私はクルスさんと一緒に樹海を出ます! もしも邪魔をするならば、たとえセシリーであっても退けます!」
「……わかったわ。フェア!」
セシリーの声を受け、控えていたフェアが冷たいを殺気を放った。
刹那、鋼の刃が混じり合い、赤い火花をあげる。
咄嗟だったが、短剣を抜いておいて正解だと、クルスは思った。
「フェア、これはお前の意思か?」
「……」
「答えろ!」
「すまない、クルス殿……」
刃の向こうでフェアは声を絞り出す。しかしサーベルから力は抜けなかった。
「あなたへ刃を向けるのは気が引ける……」
「なら!」
「しかし、私はお嬢様の、セシリー様の侍女であり騎士! 主の望みをかなえることこそ私の意思! たとえ相手があなたであろうとも容赦はせん! カハッ!」
「ぐっ――!?」
フェアが胞子を吐き出し、思わず身を引いた。黄色い胞子は"麻痺"を意味する。しかし"状態異常耐性"のあるクルスに"麻痺効果"は現れない。それでも胞子は目の粘膜に吸着し、一瞬だがクルスの司視界を塞ぐ。
霞む視界の中、遮二無二クルスは、正面から聞こえた足音に従って、ステップを踏む。間一髪、フェアのサーベルは回避できたもの、前髪が数本、目の前を散った。
(早い!)
フェアの斬撃は、以前と比べても勢いがよく、正確だった。これも二人でずっと戦闘訓練をしてきた結果だと思った。
本来ならばフェアの成長を喜ぶべきだった。しかし、今目の前にいるのは、主の命を受け、徹底的にクルスへ切りかかってくる、敵である。
距離をおけばクルスに分がある。対して、インファイトは短剣とサーベルでは、圧倒的にフェアの方が有利。それをわかって、フェアは常に一定の距離を保ちながら、クルスへ斬撃を加え続ける。正直なところ、フェアの斬撃を短剣で受け止めるのが精一杯だった。
「ゼラ、いくよ!」
「ういっす!」
ゼラは
そんな二人を見て、セシリーは妖艶な笑みを浮かべた。棘の鞭をゼラへ振り落とす。
鞭は"ピシャリ"とゼラの赤い鎧を打つが、彼女の疾駆は止まらない。
「そんな鞭、痛くも痒くもないっす!」
「ふふ……そうかしら?」
「っ!? ぬわっ!?」
突然ゼラはのけ反り、うつ伏せに倒れ込んだ。
真紅の鎧が徐々に灰色へ染まってゆく。表面はざらつき、まるで"石"のように変化してゆく。
ゼラは必死に立ち上がろうと地面へ手をついた。しかし、ビムガンの腕力を持ってしても、起き上がることは叶わなかった。
「あはは! 無様ね!」
「アクアショットランス!」
高笑いを上げていたセシリーへ、ビギナは水の大槍を放つ。
しかし水の大槍はセシリーが棘の鞭で一薙ぎしたただけで、いとも簡単に霧散する。
「私は植物の魔物。あなたは水属性を得意とする魔法使い。相性が最悪ってのは分かっているわよね?」
「くっ……相性なんて超えて見せます! あなたには負けません!」
ビギナは錫杖の内側にしこんだ刺突剣を抜き、セシリーへ突き出した。
セシリーの持つ棘の鞭がピンと伸び、まるで"フルーレ"のように変化する。
刹那、柄の錫がジャラジャラと金音を鳴らした。
「あっ……!」
棘のフルーレはビギナの手から刺突剣を弾き飛ばした。
更にセシリーはにやりと笑みを浮かべて、驚愕するビギナへもう一歩踏みむ。。
「突剣技(フェンシング)は貴族の嗜みよ? 平民のあなたが敵うと思って!?」
「――ッ!?」
フルーレの先端が、ビギナの左肩を貫いた。
血が滲みだす代わりに、傷口が灰色に変色し、ざらつきを見せ始める。
ビギナは変化してゆく右肩の重さに耐えかね膝を突いた。
「せ、石化状態異常……? どうして植物系魔物がこの力を……?」
「今回だけは命助けてあげる。だからもう二度と
「ビギナっ!」
クルスは靴底で急制動をかけ、徐々に石化してゆくビギナへ駆け寄ろうとする。
しかし素早く回り込んだ フェアが行手を塞いだ。
「行かせません!」
「ちっ! そこを退け、、フェア!」
「ならば私を退けよ! お嬢様! こちらはお任せを! 早急にロナを!」
フェアと睨み合うクルスの視界の隅。そこではすでに、セシリーの棘の鞭と、ロナの無数の蔓との激しい応酬が開始されていた。
「セシリー!」
「ロナぁぁぁ!!」
ロナは数えきれない程の蔓を生やし、セシリーを狙う。セシリーは棘の鞭で、ロナの蔓を跳ね除ける。
セシリーの鞭で打たれた蔓はすぐさま石化し、自らの重みで地面へ落ちて粉々に砕けちる。
さすがのロナにも焦りが伺えた。
「その能力、先日の
「ええ、そうよ! 今の私はかつての私ではないのよ! 覚悟なさいアルラウネ!」
「きゃっ!!」
セシリーは袖から数えきれない程の"棘のついた種"をロナへ放った。
種はロナの蔓を切り裂き、彼女をその場へ釘続ける。
そしてセシリーの鞭が、ロナの腕へ巻きついた。
「さぁ、覚悟なさい! あなたは樹海の耳目! 樹海を人間から守るための要! そんなあなたを手放してなるものですか!」
「こ、これは……!?」
突然、鞭で拘束されたロナの腕に赤い花が咲いた。それはセシリーの頭に咲くものと、大きさは違えど、同じものだった。
「さようならロナ。あなたと過ごせた日々、忘れないわ……」
「っ……あああ!!」
「ロナあぁぁぁ!!」
ロナとクルスの悲鳴が重なり、響き渡る。やがて、ロナは無数の赤い花に浸食された。
ロナを覆い尽くした赤い花はすぐさま枯れ果て、新たな芽を出し、蔓を伸ばし、また花を咲かせる。
ラフレシアの花は眠りと目覚めを繰り返して成長を続け、ふくらみ、そして伸びてゆく。
「ね、ねえ様……? セシリーは、ねえ様に、何をしたのだ……?」
ベラはロナを呑み込み、成長を続ける“巨大ラフレシア”を茫然と見上げて、ぺたりと座り込む。
そんなベラの前へ、セシリーが立った。
「アルラウネは樹海に必要な存在よ。だから、もう外へ出たいとかばかなことを言わないようにしただけよ。死んではいないから安心して」
セシリーは優しげな笑みを浮かべながら、ベラへ手を差し出した。
「ベラ、一緒に来て。そしてこれからは、新しい姿となったロナとみんなと一緒に、樹海を守りましょう?」
「……」
「ベラ?」
「わからないのだぁ……セシリー、お前が言ってることも、何をやっているのかもわからないのだぁ……! ねえ様はどこに行ったのだぁ……! ねえ様を返すのだぁ……!」
「……ごめんね。だったら一緒にしてあげるわ。もう二度と、ベラとロナが離れ離れにならないように……」
セシリーは静かに、棘の鞭で地面を叩く。
頭を抱えて蹲るベラの背後へ、巨大ラフレシアの蔓が迫った。
「ぬわぁぁぁぁ!!」
気合の籠もった声が響き渡った。ゼラは気合で起き上がり駆け出す。そして、蹲るベラを脇に抱えて、茂みの中へ飛び込んだ。
「せ、先輩! 私たちも!」
右腕が石化したビギナは、残った左腕で必死にクルスを揺さぶっていた。
「ロナ……? なんだよ、これ……? ロナは……?」
しかしビギナの声はクルスに届いていなかった。
美しく愛らしいアルラウネの姿はすでに目の前になかった。あるのは醜く肥大化し、成長を続ける不気味な植物があるだけ。
「ビギッち、
ベラを抱えたゼラの言葉を受け、ビギナは左手で錫杖を夕闇へ突き上げた。
唇が高速詠唱を紡ぎ出す。
「
ビギナの鍵たる言葉が四人を青白い輝きで包み込む。
周囲の風景が歪み、そして溶けてゆく。
「……」
そして少し寂しそうなセシリーの顔がみえた頃、クルスたちはその場から消え去るのだった。
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