第64話超級魔法 神ノ十字
(良いぞ、この調子で!)
クルスは時折立ち止まってキングワームへ矢を撃ち込んで注意を引き続けていた。
「ふふ! さぁさぁこっちへいらっしゃい!」
クルスよりも戦闘力に優れるセシリーは棘の鞭で打ち据えたり、種を発射するなどをして、キングワームの注意が分散するよううまく立ち回ってくれている。
しかし少し調子に乗りすぎているように見えなくもない。
木々の間を駆け抜け続けると、やがて空気へわずかに甘い花の香りが混じり始める。
ロナの生息場所は近いと判断し、クルスはさらに足を早める。
「それぇ!」
セシリーはキングワームの真ん中の首を打ち据えようと、樹上から飛び降りながら鞭を振り上げる。
しかし寸前のところで首が方向を変えた。
鞭が空を切り、セシリーの体勢が宙で崩れる。
そんな彼女を噛み砕こうと、キングワームの右の首が迫る。
クルスは靴底で急制動をかけて、足に力を込めた。足元から生えたロナの蔓の力を借りて、自らが矢のように飛ぶ。
そして宙をハラハラと舞うセシリーを突き飛ばす。
「ぐわっ!?」
「クルス!!」
キングワームの頭がクルスの背中へぶつかった。物凄い力が彼を突き飛ばし、近くの木の幹へ激突させる。
「だ、大丈夫!? 生きてる!? 生きてるわよね!? ってか、生きてるって言いなさいよ!!」
「……」
「クルス!! 嫌よ! こんなところで死ぬだなんて! そんなの許さないんだから!」
「くっ……か、勝手に殺すな。まだ生きている……」
クルスはそう声を絞り出しす。硬い木の仮面が半分砕け、衝撃の強さを物語っていた。
衝突の影響で、体が痺れて動かせそうもない。
「ばかばかばか! 私魔物なんだからあれぐらいの攻撃平気だったって! もう無茶はしないでよ……」
セシリーはボロボロと涙をこぼす。居た堪れなくなったクルスは子供のように泣きじゃくるセシリーの髪をそっと撫でるのだった。
ついでに鼻水も拭った。それだけ身を案じてくれたことに強い感謝の念を抱く。
そんな2人をキングワームの黒く大きな影が覆った。すると、セシリーはゴシゴシと涙と鼻水を袖で拭って立ち上がった。
踵を返してキングワームを睨み上げた。
「あとは私が引きつけるわ。クルスはここでゆっくり休んでて!」
「しかし……!」
「大丈夫! 今の私は寝たきりだった時と違うの! あなたのよりも丈夫な体よ!」
セシリーは袖から新しい棘の鞭を出し、地面をぴしゃりと打った。
「さぁ、いらっしゃい化け物! 私が相手よ! かかって来なさいっ!」
「やめろ、セシリーっ!」
「「「キシャァァァ!!」」」
キングワームの三本の首が、セシリーへ迫った。
刹那、目の前の地面が隆起した。そこから無数の蔓が生え、素早く編まれてゆく。
そして出来上がった"蔓の大盾"はキングワームの突進を防いだ。そればかりか巨体を弾き飛ばし、その場へ横転させる。
「お待ちしてましたクルスさん」
気づくと隣にはアルラウネのロナがいた。
「この辺りまで動けるようになったんだな……?」
「はい。おかげさまで。ここで良いですか?」
「ああ。頼む」
「わかりました!」
突然、周囲の木々がざわめき始めた。地が激しく揺れ始める。地中で何かが激しく蠢いていた。
「では始めます……どっ、せぇ――いっ!」
ロナの声と共に地中から、大木のように太く禍々しい蔓が、砂煙を巻き起こしながら現れた。
根は大地を引き裂き、倒れたキングワームもろとも押し上げて行く。
隆起し続ける大地の上で、キングワームは起き上がった。三本の首から奇声を発しながら、光線を放とうと、喉の奥へ金色の輝きを宿し始める。
「させません!」
ロナの命を受けて、新たな蔓が生えた。蔓はキングワームの首へ巻きつき、無理やり上をむかせる。
光線はむなしく空へ吐き出され、消えてゆく。
「キ、キシャァァァ!!」
キングワームは咆哮し、身をよじる。しかし蔓はキングワームの首を拘束し、動くことを許さない。
巨大な強敵は隆起した大地の上で、蔓に拘束され全く身動きが取れずにいる。
まさにキングワームのために用意された特製の処刑台であった。
「こ、これは一体何すか……?」
一番手で合流してきたゼラは、拘束されたキングワームを見上げて、声を震わせる。
「……やっぱり、人面樹の怪人は先輩だったんですね……」
次いで現れたビギナは仮面が割れたクルスを見て、そう呟いた。
「うそっ! クルスさん!?」
「ははーん、なるほど。五代怪人が襲ってきたのは、マッチポンプだったんだね。やってくれるね、クルスのおじさん」
オーキスの隣で、サリスは冷ややかな視線をクルスへ送っている。
そんな2人を割って、リンカが歩み寄ってきた。
「クルスさん、ここで良いんですね?」
クルスは未だに痺れる体に苦慮しつつ縦に首を振る。
「ビギナ、リンカ! 撃て! 君たちの最大の力を!!」
「わかりました!オーキス、サリスちゃん、行くよ!」
「わかった!」
「仕方ない。いっちょやってやりますか、きひ!」
「ビギナ先輩も!」
「うん!」
リンカがオーキスの手を取った。オーキスはサリスと手を結び、サリスはビギナの手を取る。
4人の偉大な魔法使いは互いに手を取り合って、円を組む。
「みんな私の詠唱に続いてください!」
「わかった!」
「よろしくリンカ!」
「……」
リンカを中心に4人から、それぞれの得意とする魔法属性の輝きが迸った。
そして偉大なる祝詞の合唱が開始される。
――天上天下を照らせし、金色の輝き。
其は破壊の後に降り注ぎし、創生の力!
四属性を束ねし、御神の身印の奇跡を我らに見せたもう!
創造の力を分かちたもう!――
「キシャァァァ!!」
祝詞を邪魔するようにキングワームの右の首が咆哮を上げた。蔓を引きちぎり、喉へ破壊の輝きを宿す。
狙いは詠唱を続ける、リンカたち。
「邪魔はさせないわ!」
処刑台を駆け上がったセシリーは棘の鞭で首を打ち据え、
「カハッ!」
「どっせぇぇぇーい!!」
フェアは口から"麻痺煙弾"を吐き出し、ベラはバインドボイスを放つ。
突然の攻撃に右の首は怯んだ。しかし口から僅かに光線の一部が漏れ出す。
漏れ出した輝きは大剣を構えて突撃するゼラの腕へ降りかかる。
大剣の柄とそれを持つゼラの腕が一緒に石化する。
「丁度いいっす! これで剣も離れず、重さも出るっす!」
ゼラは石化した腕を思い切り振り上げ、そして飛んだ。
「そーれっす!」
「キシャッ……!」
キングワームの首はゼラの大剣によって見事に首を跳ねられた。
――空に自由を! 大地に恵みを! 水に命を! 炎に力を!
邪悪に鉄槌を! 魔を滅ぼす、奇跡の力を今ここへ!――
4人の魔法使いから赤、青、緑、黄の輝きが溢れ出し、眩い白色となって樹海を染め上げた。
「「「「神ノ
重なり合った鍵たる言葉が響き渡り、キングワームの頭上へ白色の輝きが顕現する。
それは稲妻を発しながら形を"十字"へ変えてゆく。
全ての属性を一つにまとめて、創造神の力を借りる最強にして至高と目される魔法の一つ。
超級魔法:神ノ
ゆっくりと降臨する巨大な奇跡の力は、隆起した大地の上で、拘束されたキングワームを燃やし始めた。
肉は灰に。灰は塵。存在を圧倒的な輝きの中で、文字通り殲滅させてゆく。
キングワームを飲み込んだ奇跡の十字は、一瞬、より一層の輝きを放って周囲を真昼以上の明るさで照らし出す。
履けた輝きの先、そこにはすでに何も存在はしておらず、わずかな塵が舞うだけだった。
「はうわぁー……」
力を使い果たしたリンカは情けない声を上げながら、膝を折る。
「ご苦労だった。まさか超級魔法まで使いこなすとはさすがだ」
リンカを抱きとめたクルスは賛辞を送る。
彼の腕の中で、幼いが偉大な力を秘めた魔法使いの少女は、少し恥ずかしそうに頬を赤らめるのだった。
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