第60話リンカの問題
「み、みんな! アタック!」
リンカの辿々しい合図が昼の樹海に響き渡った。
接敵したのは危険度D――甲殻が金属並み硬い以外はたいしたことのない相手"鎧蠍(アーマスコーピオン)"である。
「へへーん、ちょろいちょろーい!」
サリスは一目散にサソリの集団の中へ飛び込んで行く。五指から生ずる魔力は、鎧蠍をあっさりと切り裂く。
相変わらずサリスの戦闘力は3人の中では抜きん出ていた。アタッカーに任命したのは間違いなかった。
「あたしのペースで頑張る、焦るな、焦るな、できる……あたしならっ! はぁっ!」
オーキスは昨晩丸太を削って作ったこん棒へ魔法を付与してサソリへ立ち向かう。
悩みが解消し、一皮向けた彼女の動きは、昨日までとはまるで別人で、順調に敵を叩き潰している。
が、わきが甘く、新たな蠍の接近を許してしまう。
「ファ、ファイヤーボールっ!」
脇から強力な火球が飛来して、サソリを一撃で倒す。
「ありがとうリンカ!」
オーキスの礼にリンカは赤面しながら、嬉しそうに頷く。
「ほう、やるっすね、あのちびっ子たち。ありゃ、うちらが越されるのもそう遠くないっすかねぇ」
ゼラはリンカたちの戦いを見て、嬉しいような悔しいような感想を口にした。
隣にいたビギナも微妙な笑みを浮かべている。
「そうだね。ちょっと焼けちゃう」
「そうなんっすか?」
「だって私、あの子たちレベルになれたの三回生の頃だもん。特にリンカちゃんみたいに威力のあるファイヤボールは今でも撃てないって。あの子はきっと魔法の天賦の才能があると思うよ」
「そう謙遜なさるなっす。ビギッちも結構やるほうだと思うっす。戦いのプロ中のプロ、ビムガンのうちが保証するっす。ねぇ、クルス先輩もそう思い……?」
ゼラが話題を振ると、クルスは険しい表情でリンカたちの様子を見ていた。
「先輩、どうかしましたか?」
「……」
確かにリンカたちの戦闘力は高い。しかし彼女たちが繰り広げているのは、ただ無暗に暴れまわっているだけにクルスには見えていた。冒険者実習は明日が最終で、どんな状況だろうと明日にはハインゴックに挑まなければならない。
「ねぇねぇみてみて! これすごくない!?」
サリスは爪のように成形した魔力を手に纏ってご満悦の様子だった。
「よぉーし、これは“
「あっ! サ、サリスちゃん待っ……」
リンカの声は届かず、サリスはまた一人で鎧蠍へ突っ込んでゆく。
オーキスもオーキスとて目の前の敵に必死過ぎて、サリスが突出したことに気が付いていない。
リーダーであり、俯瞰できる立場にあるリンカは、後方でただおろおろとフォローの魔法を放つばかりであった。
「わぁぁぁ~! なんかでたー!」
と、慌ててサリスが戻ってくる。茂みの奥から一際巨大な鎧蛇が現れた。さすがに今の子供たちには手が余る存在。
「こいつは俺たちで叩き潰すぞ! 手伝ってくれ!」
クルスは木の影から飛び出し、ビギナとゼラも続く。
「きゃっ!」
目の前で木の根に足を取られてサリスが転んだ。
彼女の背後で鎧蠍が尾を持ち上げ、槍のように鋭い針を光らせる。
クルスは針へ向けて、素早くを矢を放った。
甲高い金音を上げて、鎧蠍の針がわずかに弾かれる。
が、注意はサリスからクルスへ移せた。鎧蠍の尾の針が、毒々しい液体を滴らせて輝きを放つ。
クルスは脇へ飛んで避けるも、針の先端が彼の背中を引き裂いた。
「クルス先輩!!」
ゼラは悲痛な叫びを上げる。しかし隣のビギナは顔色一つ変えずに、錫杖に青白い魔力を溜め込んでいた。
「ゼラ! ビギナ! アタック!!」
準備は万端と判断したクルスは立ち上がって、そう叫ぶ。
鎧蠍も兵然と起き上がったクルスを見て、一瞬たじろいだ。
「どうぇ!? クルス先輩!?」
「ゼラ! やるよ!」
「ああ、もうクルス先輩っていったい何なんすかぁー!」
訳が分からないといった具合にゼラは声を上げた。
しかしさすがはBランク冒険者。すでに
「
真っ赤な炎のように輝く大剣が、三日月のような軌跡を描いた。
熱く、激しい斬撃は鎧蠍を盛大に切り裂き、怯ませる。
「ビギッち! やるっす!」
ゼラが飛び退くと、荘厳な青白い輝きが黒光りする鎧蠍の甲殻を輝かせた。
ビギナは青白く輝く錫杖を、リンと打ち鳴らしながら突き出した。
「アクアショットランス!」
錫杖から魔力で形作った"水の大槍"が矢のように飛び出した。
大槍は鎧蠍の硬い甲殻を砕いて突き刺さり、内側から爆散させた。
親玉を失って統率が取れなくなった鎧蠍はそそくさと森の奥へと逃げてゆくのだった。
「怪我は無いか?」
クルスは転んでいたサリスへ手を差し伸べた。
「あのさ、おじさん、この間から毒とか全然平気だけとなんなの?」
「サリスっ!」
オーキスは真っ先に駆け寄ってきた。相当心配している様子だった。
「あは! こんなのへーきへーき! なんてったって、無敵のサリス様だからっ!」
「もう、あんたは……一人で突っ込まないの!」
「いーじゃん! 私、アタッカーなんだから!」
「だからあんたはもう!」
そんなやりとりをしている二人の後ろでリンカは口が挟めず、おろおろとしている。
ここはリーダーとしてきちんとサリスを叱るべきところ。
しかしそれができていない。
そこが彼女の問題点だとクルスは思った。
●●●
「サリスちゃん、ごめんね……わたしがちゃんと指示出せてれば……」
「いーっていーって! なんてったって私は無敵のサリス様だから!」
「だから、サリスはそうやって調子に乗り過ぎないの!!」
並んで夕食を食べている三人の子供たちはいつも通り仲が良さそうに見えた。しかし役割を与えた上で、普段のやりとりを見ていても、リンカはどこか遠慮がちなきらいが見え隠れしている。その原因は一体何なのか。クルスは推論を立てて、それを確認すべく、ビギナへ向けて口を開く。
「たしかリンカの性は“ラビアン”だったな。と、なると、あのローズ女史の子供か何かなのか?」
「いえ、ローズさんはお子さんができないそうです。代わりに身寄りのない子供をアルビオンにある教会に集めて育てているってきいています」
「ならやはりリンカは……」
「たぶん孤児、しかもスラム出身の子っすね。ローズ=ラビアンさんは、そういうところから子供たちを積極的に救い上げてるって聞きいたことがあるっす」
聖王国の陰である過酷なスラム。クルスもまたスラム生まれで、そこ出身ということだけで多くの国民からは差別の対象になっていた。少し卑屈になってしまうのは理解できなくもない。
「でも、あのリンカちゃんって子は本当にすごい子らしいんですよ。今年の入学試験で断トツの一位で、スコアも歴代最高みたいです。まだ一年生ですけど、魔法協会は彼女に期待していると聞いています」
魔法学院といえば聖王国の学府では最高位に位置する。高等な教育は保証されているものの、高額の金がかかる。故に、入学するのは高名な魔法使いの子息か、大家の出身か、もしくはビギナのように大金を自らはたいて入学するかである。
そんな中へ天賦の才能を持ちながらも、身分の低い人間が入り込んだらどうなるか。
陰湿ないじめ、明確な差別、実力があるものへの嫉妬と怨嗟。幼いリンカにとっては耐えがたい世界が展開されているのかもしれない。だからこそ、情に厚そうなオーキスは事あるごとに、"リンカのことを守っている"のだと思う。
「あの先輩、なんでリンカさんをリーダーにしたんですか? あの子の性格を考えると、やっぱりリーダー向きではないと思うんです。それこそ、オーキスさんが適任だったと思うんですけど……」
「そうだな。俺もそう思う」
「だったらなぜ?」
「あの子の将来のためだ。あの子の魔法の才能は俺でも飛び抜けていると感じている」
このまま順長に成長すれば近い日にリンカは何かしらの大事に巻き込まれるかもしれない。もしかすると大役を担う可能性もある。しかし今のままでは自分で判断をするどころか、そうした大役に任じられても、ただ怯えているばかりでなにもできないのではないか。重圧に押しつぶされて、心を壊してしまうのではないか。
クルスはそうした考えを語った。
「それにもしも、今のリンカが一人きりになったらどうなると思う?」
「たしかに危険ですね」
「だからこそあの子には必要なんだ。自分で考え、自分で決断し、自分で行動を起こす強さが」
「お話中すみません!」
気づくと目の前にはオーキスとサリスがいた。
「どうしたの?」
「あの、ちょっと魔法の構文でわかないところがあるんです! 教えていただけないかと……」
熱心なオーキスにビギナはにっこり微笑んで「良いよ」と答えた。
「ねぇねぇ、斬撃ってどーやったらもっと鋭く切れるか教えて!」
「良いっすよ! ウチに任せるっす!」
サリスも珍しくゼラを頼りたいらしい。
ビギナとゼラは揃ってクルスへ目配せをしてくる。
「教えてやってくれ」
「はい!」
「うぃっす!」
2人はそそくさとクルスから離れてゆく。これは好機と言わんばかりにクルスは立ち上がって、少し離れたところへ向かってゆく。
話している最中、ずっとお尻の辺りが妙に"むずむず"していたからだった。
「今なら良いぞ」
クルスがそう声をあげると、目の前の土がわずかに盛り上がった。
やがてそこから太い蔓が生えて、
「ぱぁー!」
蔓の先に花が咲き、そこから小さくて愛らしい"ちびロナ"が現れた。
ちびロナは現れるなり、すぐさまクルスの胸へ飛び込んだ。
「なんだ、いきなりどうした?」
「きょうもおかえりにならないのでしゅか?」
どうやらロナは寂しがっている様子だった。
「クルスしゃんのけはいは感じるのにみえないのはとても寂しいでしゅ……」
「すまない。明日にはこの用事が終わるから……」
クルスはちびロナを潰さないよう、それでもしっかりと抱きしめた。彼の太い腕の中で、ちびロナは満足そうな笑みを浮かべて、わずかに緩やかな熱を発している。
うっすらと甘い花の香りが背後の樹上から感じるが、今は気にしない。きっとラフレシアのセシリーがいるのだろう。
ビギナと離れれば、クルスは樹海の仲間たちに囲まれて、ここの住人へと戻る。
人の世界と魔物の世界の重なり合うところに存在しているのが今のクルス。
その状況を思い浮かべた時、頭の中で何かが繋がった。そして"リンカの問題"を解決するためのアイディアが湧いてきた。
「ロナ、ベラは戻っているか?」
「ベラでしゅか?。昨日戻ってきて一緒にいましゅよ?」
「そうか。あとは……」
クルスはちびロナを抱いたまま、踵を返した。
そして視線を上げる。
「セシリー、フェア、近くにいるんだろ。少し話をさせてくれ。頼みたいことがあるんだ!」
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