第49話ラフレシアのセシリー



「貴方はなんでマンドラゴラのことを“ベラ”なんて呼んでるわけ?」

「ベラにせがまれてな」

「じゃあロナのことも?」

「ああ。彼女が言い出してな」

「ふぅーん。それだけアルラウネとマンドラゴラには親しみを持っていると。そういうことでいいかしら?」

「そうだな」

「でもあなたは人間よね? ならどうしてこの間、私たちの味方をしたわけ? あいつらの目的はこの身体だったのよ? なら私をこの身体から引きはがして、渡せばよかったじゃない」

「君とまともに正面から戦って勝てる気がしなかったからな」


 ラフレシアは称賛に鼻を鳴らす。


「それに――君と一体になることがセシリー嬢の願いだったからな」

「セシリー?」

「君が咲いているその身体の名前だ」

「ああ。“セシリー”ってそういう意味があったのね」


「彼女は君と一体になることを望んでこの森へ入り最期を迎えた。願いは叶ったんだ。ならばその願いは何人たりとも邪魔をしてはいけないと俺は思う。他人の都合で願いを捻じ曲げられることなどあってはならない」


「優しいのね」


 ラフレシアは微笑む。美しい笑顔だと思った。


「優しさだけじゃない。ロナや、この森のためでもあった。ここでもしセシリーの身体をささげたとしても、人間はいずれこの森へやってくる。いつの日かロナやベラに危害が及ぶかもしれない。ならばこの森へ容易に人が立ち入らないように仕向ける。あの戦いにはそういう意味があった」


「なんだかさっきから貴方”他人”のことを考えてばかりね」


 ラフレシアはかがみこんで、足元に咲く花に触れる。


「私は樹海の守護者よ。だから自分以外の他の存在のために身体を張る必要がある。それが私の生まれた意味。でもクルス、貴方は違う。貴方は樹海生まれでもなければ守る義理だって無いはず。なのにどうして貴方は樹海のために身体を張っているのかしら?」


 ラフレシアのいうことは最もだと思う。正論とも言えた。しかしクルスの中には別の答えがあり、それを口に出すことにためらいはない。


「ロナのためだ」


 よどみなくそう答え、言葉が溢れ出す。


「あの子のおかげで俺はここまで立ち直ることができた。あの子と出会えたからこそ、今の俺がある。彼女には感謝しかない。もしそんな彼女に危機が、いや、彼女を取り囲むあらゆる事柄に危機が迫るなら、俺は俺の全存在をかけて彼女を守る」

「あの子は人間じゃなくて、魔物よ? アルラウネなのよ? わかってるの?」

「そんなことは関係ない。ロナはロナだ」

「変わってるわね」

「かもな」


 そういうラフレシアは柔らかい顔をしていた。


「クルスはいい奴ね」

「そうか?」

「ええ、とっても。それに貴方の話していると、なんとなく気持ちが落ち着くわ」

「ありがとう。俺も君と言葉が交わせることが嬉しい」


 クルスがそういうと、ラフレシアは頭に咲く花のように満開の笑顔を浮かべる。

 その笑顔にクルスは年甲斐もなく、胸の高鳴りを覚えた。


「どうしたの?」

「い、いや、なんでも……」

「なによー! そういうの気になるじゃない! 教えなさいよ!」

「だから何でもない……」

「良いから教えなさいよ! 殺すわよ? 殺しちゃうわよ? 殺されたいの!?」


 “殺す”発言は本気でないにしても、ラフレシアはクルスの袖を掴んで離さない。


「は、離せ! 袖が伸びる!!」

「だったらさっさと教えなさいよ! ねぇねぇ!」

「ああ、もう! 君の笑顔がとても可愛いと思って見とれてしまったんだ! それだけだっ!」

「へっ……?」


 ラフレシアはクルスの袖を離した。見る見るうちに顔が頭の花やドレスのように真っ赤に染まって行く。


「な、なに急に恥ずかしいこと言ってんのよ! バカっ!」

「言うように促したのは君だろうが! だからもう袖で鼻水を拭ったりしないほうが良い! せっかくの美貌が台無しだぞっ!」

「ああ、もう、またそういうこと言う……!」

「おーい、クルスなにしてるのだぁ! 早く来るのだぁ!」


 向こうからベラが呼んで来た。


「い、行くか?」

「そ、そうね……」


 少し甘酸っぱく、微妙な空気が二人の間に流れた。

しかしいつまでも突っ立ってるわけには行かない。


「あ、あのさ、クルス……」


 先に沈黙を破ったのは、ラフレシアだった。


「な、なんだ?」

「えっと、そのね……セシリーって……」

「ん?」

「これからは私のことをロナやベラみたく【セシリー】って呼びなさい! これは樹海の守護者としての命令よ!! あとついでのマタンゴのことも【フェア】で! あの子には私から話しておくから!! 呼ばなかったら殺すからねっ!」


 未だに顔が真っ赤なラフレシアこと【セシリー】は、一方的に叫んで、一人でずんずん歩き出す。

しかしすぐに立ち止まって踵を返した。


「まっ、そういうことだから、これからも頼りにしてるわね、クルス!」


 ラフレシアのセシリーは、再び笑顔を浮かべる。


 セシリー=カロッゾという薄幸の少女は、樹海で最期を迎えた。今、目の前にいるのは彼女の身体を乗っ取った寄生型の魔物:ラフレシアである。そこにはおそらく“セシリー=カロッゾ”としての記憶や魂は存在していない。しかし魔物に転生したことで、ずっと寝たきりだった彼女は自由を得た。それが彼女の最期の願いでもあった。

だからこそ、今こうして、外を自由に歩き、誰かと言葉を交わすことができるのが嬉しいのかもしれないとクルスは思うのだった。


「ああ。これからもよろしく頼む、セシリー」


 クルスはそう答え、彼女と共に歩き出すのだった。

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