第45話閑章2:水の魔法使いと炎の大剣使い――ビギナ・ゼラ【前編】(*ビギナ視点)


「アクアランスッ!!」

「ぎゅお!!」


 水のランスが二枚貝型の魔物:アーガイの固い殻を突き破った。一撃必殺クリティカルヒット

彼女は勇ましくアーガイを蹴って、魔力で形作った“水のランス”を抜く。そして銀の長い髪を振りながら、赤い瞳に別の標的を写して突撃を敢行する。


 川辺での遭遇戦は彼女が一人で、アーガイは多数。彼女も水属性の魔法を得意とし、相手も水に住まう魔物である。物量も圧倒的な差で、属性による有利不利は無し。互いの間にあるのは生存をかけた闘争本能と、それを具現化させる“自らの力”のみ。


 ならば状況だけで判断すれば、例え妖精の血を引き、魔法特性の高い彼女であっても、この戦いは無謀と言わざるを得ないものだった。

しかしそれはあくまで現況を一瞬眺めての分析でしかない。


「はぁっ!」

「ぎゅっ!」


 彼女はアーガイへ急接近し、裂ぱくの気合と共に水のランスで敵を穿った。再度の一撃必殺クリティカルヒット


 ずっと真新しいままだった白の法衣には無数の染みや汚れが浮かび、裾も擦れ、あるいは解れている。

恥ずかしい恰好ではある。しかし今の彼女は、そんな些末なことなど気にはしない。

 これは彼女の勲章だったからだ。危険地帯の樹海へ自ら赴き、そしてここまで生き残ってきた証拠。

 決意し、そして行動に移した表れ。


 外からでは分からない“強い力”が彼女の中にあった。

小さな胸の内には明確な意思があり、その意思は彼女へ圧倒的な力を与えている。



(こんなところで死なない! いや死ねない! だって私は逢いたいから! またクルスさんに逢いたいんだから!! あの人を絶対に探し出して、想いを伝えるんだから!!)


 Bランク冒険者、水属性を得意とする魔法使い――【ビギナ】


 彼女は明確な意思を力に代えて、敵との圧倒的な差をねじ伏せる。


 川辺での遭遇戦は、ビギナの圧倒的な勝利に終わるのだった。



……

……

……



 焚火を囲んで、星空を見上げていると、この空がクルスと繋がっているのだと、ビギナはいつも思うようになっていた。

そう思えば寂しくはない筈だと思っていた。しかし近くから彼の匂いは香ってこないし、優し気な声も聞こえては来ない。

 同じ空の下にはいる。きっと近くに居るはずなのに、彼は遠くにいる。寂しくて、会いたくて――胸が張り裂けそうに痛い。


 聖王直轄領となり無断で立ち入りが禁じられた樹海。そこへクルスを探すためにビギナが潜って、早や一か月が過ぎようとしていた。

しかしいくら探せど、未だ彼との再会は叶っていない。


 時折、人面樹トレントの怪人がクルスだという判断は間違っていたのでは、と思うことがあった。樹海の中で、日々危険に身を晒し、彼の姿を追い求めることに、本当に意味があるのかと迷うことも多かった。


「先輩、どこにいるんですか? 逢いたいですっ……」


 今日は特に疲れているのか、寂しさが強く、自然と弱音がこぼれ出た。しかしここに潜る以外に、自分の力で彼と再会する方法は無い。

待つのは止めて、自分から道を切り開くと決めた。ならば、弱音など零している暇はない。そう思って、気持ちの切り替えを図る。


「――っ!?」


 その時、ビギナの長耳が、不穏な音を聞き取る。

 落ち込んだ気持ちを警戒心で塗りつぶし、杖を持って立ち上がる。


 周囲の木々が“ザザッ”と揺れ、ゆらゆらと複数の影が迫り来る。


 根が手足のように動いて徘徊し、頭に当たるところには紫の花が咲いている。

危険度C、樹海での発見例が報告されている植物系魔物の代名詞――マンドラゴラ


 複数のマンドラゴラはビギナの全周囲から迫り、気づけば取り囲まれていた。


 水は木の生きる糧である。故に、水属性を得意とするビギナにとっては最低最悪の相性である。

おまけに退路も無い。これはきっと、弱気な自分が警戒を怠ったためだと思った。


(でも負けない! こんなところで私はっ!)


 覚悟を決めたビギナは杖を握る。そして目の前のマンドラゴラへ向けて突進した。瞬間、杖が月明かりを浴びて、一瞬きらめきを放つ。


「はぁっ!」

「どぉー!?」


 錫杖から細身の刀身が抜刀されて、マンドラゴラを真っ二つに切り裂いた。

魔法学院時代の歳上のルームメイトに“仕込み杖”を勧められたことが、今日ほどありがいと思ったことは無かった。


「さぁ、かかってきなさい! たとえ魔法が使えなくても負けません!」


 ビギナは自分を鼓舞するために言葉を吐き出す。次のマンドラゴラへ目掛けて地面を蹴る。

 しかしマンドラゴラはウサギのように後ろへ跳ねた。

 刃がむなしく空を切る。


「きゃっ!」


 彼女の背中をマンドラゴラの蔓が“ピシャリ!”と打ち据えた。

ローブが避け、背中から全身へ鋭い痛みが広がって行く。

すると今度は、また別のマンドラゴラが蔓の鞭で、太ももを激しく殴打する。

 体勢を崩したビギナを、マンドラゴラは蔓の鞭で執拗に打ち据える。

彼女はただ、敵の執拗な攻撃に蹲りながら、必死に耐えるしかできなかった。


「「「どぉーーッ!!」」」

「――ッ!! ああああ!!」


 不快な音波が浴びせられ、ビギナの身体を激しく揺さぶった。音波は耳から頭の中へ入り込み、中身を直接揺さぶる。

人よりも聴覚に優れる彼女にとってマンドラゴラが得意とする“バインドボイス”は、ことさらに効果を示していた。

 次第に自分がここで何をしているのかがわからなくなってくる。自分という存在に罅が入り、何者なのかが定かでは無くなってくる。


(先輩……! クルス先輩っ……!)


 そんな状況でも、どんなに意思が打ち砕かれようとも、彼女の頭にははっきりと彼の像が結ばれた。


 彼に逢うまでは死ねない。伝えるべきことを伝えてはいない。だからそれまでは、こんなところでくたばる訳には行かない。


「どっ――!!」


 その時、わずかに音波が弱まったような気がした。


「よいしょっすッ!!」

「どっぉ――!? せぇ――……」


 聞き覚えのない声と、マンドラゴラの悲鳴が重なった。再び音波が弱まる。砕けかけた心が再び繋がり、意思がよみがえり始める。


「大丈夫っすか!? まだ戦えるっすか!?」


 ビギナが顔を上げると、そこには真っ赤で重厚な鎧を身に着けた、犬のような長耳を持つ同い年くらいの少女が手を差し伸べていた。


「あ、貴方は……?」

「その様子じゃ大丈夫っすね! 自己紹介は後っす! まずはここを切り抜けるっすよ!」

「は、はい!」


 どこかあか抜けている彼女の言葉に、ビギナは勇気を取り戻す。そして素早く立ち上がった。


「よぉし! 戦闘再開っす!! ウチに付いてくるっす!」


 炎のように赤い髪を持つ彼女は身の丈よりも遥かに大きい剣――大剣ハイパーソードを軽々と掲げて、マンドラゴラへ振り落とす。

斬撃を浴びたマンドラゴラは赤い軌跡に切り裂かれ、わずかに炎を発しながら、倒された。


 装備から察するに彼女の得意属性は――“火”。植物系魔物のマンドラゴラにとっては脅威の相手である。


猛虎剣タイガーソード奥義!」


 大剣が赤い魔力を帯びて肥大化した。間違いなくこの技は聖王国北方に住む、獣の耳を持つ原住民“ビムガン”の得意とする“武芸マーシャルアーツ"と見て間違いない。


炎月斬フレイムスクレイパー!」

「「「どぉーっ!! せぇーー……」」」


 輝く深紅の軌跡が三匹のマンドラゴラをまとめて切り裂いた。


「くぅー! ようやく決まったっす! やったっす! 今夜のウチは絶好調っす!」

「危ないっ!」


 ビギナは飛び出す。

そして油断しきっている彼女へ向けられたマンドラゴラの蔓を断ち切る。


「あはー! サンキューっす!」


 赤い鎧を装備した長い犬耳を持つビムガンの少女は、大剣ハイパーソードを軽々と肩に掲げつつ、八重歯を覗かせ礼を言った。

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