第37話冒険者殲滅戦――<仕置き1 重戦士>


(やはりフォーミュラと一緒に居たのは、ビギナの本意ではなかったか!)


 クルスは不気味な木の仮面の裏でそう思った。

 なぜ、フォーミュラがビギナを殺そうとしていたかはわからない。

しかしビギナが、殺されても仕方がないことをしたとは考えられなかった。


 いつもまっすぐで、素直で、優しく、そして人一倍頑張り屋の彼女が、人様に迷惑をかけるはずがない。

後輩として、一人の人間として、ビギナは信用に値する。


 ならばきっと、この状況はフォーミュラ側に非があるに違いない。

 弓使いのマリーの肩越しにフォ―ミュラが、私怨をむき出しにし、まるで悪魔のような形相でこちらを睨んでいるのが良い証拠である。


 それに――クルスは忘れていたわけではなかった。


 この男はクルスを辱め、あろうことかビギナさえも傷つけた男。

 今は樹海へ私欲で侵攻しロナやベラの平穏を脅かして、更にビギナを殺害しようとしていた。


 名家出身で、生まれつき能力や才能に恵まれ、そのために調子に乗り、自分が“神”であるかのように振舞う最悪の男。

“もともと持つ者”の邪悪さが体現された忌むべき存在。


(フォーミュラをこのまま生かして帰す訳には行かない! してはいけない奴だ!)


 覚悟を決めたクルスは腰に差した短剣の柄を強く握りしめる。

そして声一つ漏らさず、フォーミュラを庇うマリーへ切りかかった。


「ッ!」

「――!!」


 甲高い金音と共に、赤火花が散った。

 マリーはクルスに遅れながらも短剣を抜き、斬撃を防いだ。


 さすがは弓使いであろうとも、Aランクの冒険者。伊達ではない。近接戦は不利。そして現状ではフォーミュラを葬ることは難しい。

そう判断したクルスは踵を返して、ひとまず逃走を図った。


「マリー、奴を追うぞぉっ!」

「ビギナはどうするか!?」

「あんなガキ放って置け! それよりもあの魔物が先だ!」

「――了解」

「ヘビーガ! ジェガ! イルス! いますぐ戻ってこい! 敵をぶっ殺すぞぉっ!」


 フォーミュラはマリーを伴って、ビギナに目もくれず走り出す。

だが至る所に樹木の根が伸び、少しぬかるんでいる地面に難儀して、思うように前に進めていない。

狙い通りだった。これで一応、ビギナの危機は回避できた。


 対するクルスは今、樹海で生活しているだけあって、難なく木々の間を駆け抜けてゆく。

 このまま逃げ切るのは容易ではある。しかし行方を晦ましてしまえば、フォーミュラはおそらく再びビギナへ襲い掛かるはず。

だからこそクルスは自分へ注意を引き付けるよう、付かず離れずの距離を維持しつつ、樹海の中を進んでゆく。


 やがて木々の向こうからがしゃりがしゃりと鈍重な装備品の擦れる音が響いてくる。


 クルスの目の前に重戦士ヘビーガ、斥候の小男ジェガ、大女の闘術士イルスの三人が姿を現した。


「こ、こいつはなんだ……? 人か!?」

「ビビんなヘビーガ! やるぜイルスっ!」

「うん!」


 ヘビーガは大斧を掲げ、ジェガは拳を強く握り締め、腕甲に内蔵されている“虎爪(バグナグ)”を伸ばした。

イルスは凶悪なメイス構え、戦闘態勢を取る。そして三人の勇者パーティーメンバーは一斉にクルスへ襲い掛かった。


(前哨戦だ。まずはこいつらを潰すッ!)


 クルスは地面をつま先で二回細かく蹴る。そして膝を曲げて飛ぶ。瞬間、足元から“ロナの蔦”が生え、彼の身体を上へ大きく跳ね飛ばした。

クルスはロナの力を借りた“常人離れの跳躍”をしてみせ、ヘビーガ達の頭上を飛び越えた。


「なっ――!?」


 クルスは驚愕するヘビーガ達の顔を見て、仮面の裏でほくそ笑みながら、木の上へ綺麗に着地した。

 丁度良いタイミングでロナの蔦が目の前に現れ手を伸ばす。

蔦の方からクルスの腕へ巻き付き、引き寄せて、彼を別の枝の上へ誘った。

 

 クルスは何度もロナの蔦を伝って、木々の上を素早く移動する。

 ロナのバックアップが受けられる樹海の中では、クルスは“常人離れした立体的な軌道”が可能となるのだった。


 ヘビーガ達は最初こそクルスが樹上を移動するたびに、くるくると回って姿を追っていた。しかしやがてどこにクルスは潜んでいるのかわからなくなり、緊張の面持ちで武器を構えるだけになった。

 対してクルスから三人は丸見えである。狙い撃つには容易い状況だった。


 クルスは音もなくヘビーガの背後へ回った。そして指先を切り、鏃を血で塗らして、その矢を放った。


「ぐっ!?」


 ヘビーガの肩の鎧の隙間に矢が鋭く突き刺さる。軽く怯ませたものの、有効打とは到底言い難い。


「ヘビーガっ! おわっ!?」


 今度はジェガへ矢を撃ちこむも、素早くイルスが彼の前へ出て、矢をメイスで叩き落とした。

こちらも容易にはやらせてくれないらしい。さすがは格上のB、Cランクの冒険者ではある。


 しかし負ける気は毛頭ない。

 クルスは確かに遥か格下のEランクである。だが、彼には状態異常耐性とそれを転じる攻撃、ロナのバックアップ、そして彼らよりも圧倒的な“大事な人たちを守りたい意志”がある。


 クルスは再び別の枝へ飛び移り、ヘビーガを狙って矢を放った。それを繰り返す。

 何本かはジェガとイルスによってはたき落された。

しかし間を抜けた矢は鈍重な装備のヘビーガへはいくらか命中している。それでもなお、ヘビーガ自身への“状態異常”は見受けられない。さすがは鍛え上げられた肉体を持つBランクの重戦士だと思った。


「このぉ! やらせんぞ、化け物ぉっ!」


 ヘビーガは怒りに満ちた声を上げ、大斧をクルスが潜む木へ叩き付けた。

 自らの魔力を破壊力に変換し、攻撃力を三倍にして放つヘビーガの得意技:スマッシュアックス。

その技は強力で、たった一撃で木をなぎ倒すほどである。


 寸前で別の木へ飛び移っていたクルスはホッと胸をなで下ろす。

 やはり、ヘビーガは真っ先に潰しておくべきだと改めて思った。

このままでは身を隠す木をヘビーガによって根こそぎなぎ倒されてしまい、地の利を生かせなくなってしまう。


(やるな。ならば!)


 クルスは樹上を移動する中でいくつも発見した巨大な毒蜂キラービーの巣へ目掛けて矢を放った。

撃ち落された巨大な巣が次々とヘビーガ達の下へ落下する。


 急変に驚いた毒蜂は怒りの唸りのように羽音を立てながら飛び立った


「ぐっ!?」

「おわっとと!」

「ジェガっ!」


 B、Cランクの彼らにとって毒蜂は脅威とは言い難い。

しかし取り囲まれてしまえば、無視するわけにも行かず、まずは毒蜂の駆逐に乗り出す。


 そのため連携は失われ、三人はてんでばらばらの行動を取り始める。


 その隙にクルスは木の上から飛び降りた。

 毒蜂はクルスを敵とみなし襲い掛かってくる。針が体中に突き刺さるが、それだけ。

状態異常耐性を持つ彼に、毒蜂の毒はまるで効果がない。むしろ毒が蓄積され、その効果が増してゆく。


「なっ――!?」


クルスは毒蜂に翻弄されているヘビーガの背中へ、猿のように飛びついた。



 Bランクの重戦士ヘビーガ――辺境出身で、農家出身の彼の家は貧しく、故郷で困窮する弟や妹たちのために冒険者を生業にしている青年である。根は真面目で優しいが、どこは流されやすい性格の彼。その性格が災いして、彼はいつの日か人として取り返しのつかないことをしてしまうに違いない。



「ヘビーガ、お前は田舎へ帰れ! お前に荒事を主とする冒険者は向いていない」

「ッ!? そ、その声! まさか貴方は!?」

「やり直す機会をやる。だが機会はお前の都合など待ってはくれない。そのことだけは肝に銘じておけ!」


 クルスは自分の血を染みこませた矢を握り、真っ赤に染まった鏃をヘビーガの首筋へ突き立てた。


「ぐあっぁ!!」


 クルスはヘビーガを蹴り飛ばし、飛び退く。


 ヘビーガは大斧を落とした。指先が激しい痙攣を起こし、右目が血走っている。

苦しい筈である。しかし何故かヘビーガの表情は、妙に穏やかだった。


「目が覚めました……すみません、でした……」

「もっと心を強く持て。優しい君ならまだやり直せる。俺はそう信じている」

「はい……ありがとうございます……。クルスさん……」

「なんだ?」

「俺の言えたことではありませんが、ビギナのことを助け……うぐっ!?」


 ヘビーガは首から血を流しながら地面へ吸い込まれるように倒れ、それ以降ピクリとも動かなくなる。

ようやく蓄積した麻痺毒が効きはじめたらしい。やはり装備の継ぎ目の血管に近いところへ、毒を含ませた矢を直接突き立てたのは正解だった。


(まずは一人ッ!)

 

「ヘビーガっ! 畜生こんにゃろう! やるぜ、イルス!」

「わかったよ、ジェガ! 魔法付与エンチャント! 猛火ファイヤリーファイヤー!」


 イルスの鍵たる言葉を受けて彼女のメイスと、ジェガの爪が鍛造したの如く真っ赤に発火する。


火炎流ファイヤーストーム!」


 次いでイルスはメイスを掲げて、火炎流を巻き起こす。辺りに居た毒蜂は紅蓮の炎によってすべて焼き殺された。


 全身に草木を纏っているクルスにとっては危険な攻撃手段であることは明白。

下手をすれば、先ほどの毒蜂のように、魔法の炎で焼き尽くされてしまう。


 それでもクルスは仮面の裏からジェガとイルスを睨みつけ、粗末な短剣を構えた。





*補足


 必殺仕〇人でした(笑)

 賛否はあると思いますが、クルスさんはヘビーガ達の宿屋でのやりとりを知らないのです。

クルスさんの性格を考え、このような仕置きになりました。

ですが、二章終盤付近で、それぞれに似合ったオチはあります。

 次は斥候と闘術士の番でございます。

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