第29話クルスの決断
ラフレシアが寄生するセシリー=カロッゾの身体は、鋭いまなざしを送っている。
先日出会った時の友好的なものとは違った。明らかな“敵意”があった。
それは侍女騎士だったフェア=チャイルドの身体に寄生するマタンゴも同様だった。
死しても尚、共に行動をしている二人の姿を見て、クルスの胸へ熱いものがこみ上げて来た。
フェアはセシリーのために命をかけ、セシリーもフェアへ命を託した。
人とのしての記憶が彼女たちの身体に残っているかはさだかではない。
しかし親子以上の絆で繋がった二人は、今もこうして寄り添いながら生きている。
身体に寄生する魔物を除去してしまえば、おそらく二人は元の死体に戻ってしまうだろう。
それは新たな生を謳歌し、固い絆で結ばれたセシリーとフェアへの冒涜に思えた。
だからこそ、悩んだ。
樹海のために戦いたいクルス。
同族である人間との戦いを避け、ことを穏便に済ませたいという彼。
相反する想いが交錯する。
何を選び、どう行動するのか。クルスは今、決断の時にあった。
「黙ってないで答えなさい! このまま黙っているなら容赦しないわよ!」
「お嬢様の仰る通りだ! 速やかに答えよ! さもなくば、この場で我が剣の錆になってもらう!」
ラフレシアとマタンゴは鋭い声を浴びせかけ、
「ク、クルスどうするのだ!? 早く何か答えるのだ!!」
ベラは答えを迫る。格上相手では、これが精一杯な様子だった。
もはやこの期に及んで、答えを先延ばしにするなど愚の骨頂。
自らの内から沸き起こる衝動に、正直に従えば良い時だった。
決意を固めたクルスはラフレシアを見据えた。
「勝手に二人の住処に踏み入って済まなかった。実は折り入って二人の耳へ入れておきたいことがあってここまでやってきた」
「耳に入れておきたいこと?」
ラフレシアは聞く耳を立ててくれた。マタンゴは鋭い視線を送ってくるも、ラフレシアがいる手前、迂闊に動くことができないらしい。
「二日後、君たち達が寄生しているその人間の身体を取り戻しに、冒険者どもがやってくる。加えてこの森から様々なものを奪ってゆく。おそらく、これが君たちが生まれた理由――“樹海の脅威”というやつだと推測する」
「ふぅん。で、それを教えて何なのよ?」
「ラフレシア、マタンゴ! 俺を君たちの仲間に入れてくれ。一緒に樹海を守らせてくれ。頼む!」
クルスは声を張り上げそう主張し、深々と頭を下げたのだった。
「貴様!? 世迷言を!! お嬢様、この人間は我らを謀るつもりです! 聞いてはなりません!」
「……」
「お嬢様!!」
「マタンゴ、悪いけど少し黙っててもらえるかしら?」
いやに冷静なラフレシアの言葉に、マタンゴは押し黙る。
守護者を名乗るラフレシアという魔物――そう語るだけの凄みがあり、一瞬でも気持ちを緩めてしまえば、心が揺らいでしまいそうになる。ここで動揺をしてしまっては、あらぬ疑いをかけられ、そこで話は終わってしまう。
クルスは圧倒的な魔物の凄みに耐えながら、顔を上げ、ラフレシアを見据えた。
「信じてくれ。樹海を君たちと一緒に守りたいという俺の気持ちを!」
「同じ人間と戦うのよ? 人間の貴方の立場からすれば、私たちと戦うほうがよっぽどメリットがあるんじゃなくて?」
「冒険者の俺としては確かにそうだ。しかし、俺には名誉や報酬よりも、守りたいものがあるんだ」
「守りたい? 何を?」
クルスは一歩を踏み出した。刃物のように鋭い気配を放つラフレシアの横を、平生を装って過って行く。
「どこへ行くつもり?」
「俺の守りたいものをみせる。ついてきてくれ。ベラ、行くぞ」
「お、おうなのだ!」
クルスはベラと共に洞窟を出て、斜面を下り始める。ややあって、ラフレシア達が付いてくる気配がした。
そして彼女は下で、彼を待ち続けてくれていた。
蔓の先から生える、小型化したアルラウネのロナは、クルスの姿を認めるなり身振り手振りで喜びを表現する。
しかし彼の背後にラフレシアとマタンゴの存在を認めるや否や、険しい表情を見せた。
「クルスしゃん、どうしましたか?」
「……」
「クルスしゃん……?」
クルスはそっとロナを掴んで、肩へと乗せる。そして、ラフレシア達へ振り返った。
「先日会ったと思うが、もう一度紹介させてもらう。この子はアルラウネのロナ。俺の戦う理由、そして大事な人だ!」
「大事……えっ? えええっ!?」
緊迫した空気の中、ロナの素っ頓狂な声が響き渡った。
「俺はロナと出会ったことで再び生きる力を得た。感謝している。いまではすっかり心の拠り所だ。彼女なしではもはや俺は生きてゆけない。だから守りたい。ロナを、ロナを取り巻く世界をすべて! たとえ襲い掛かってくるのが何者であろうとも、この命をかけて!!」
「クルスしゃん……」
ロナは頭を撫で続けるクルスの指先へそっと身を寄せる。
そうしてもらえるだけで、どれだけ心強いことか。
もはや気持ちの揺らぎは起こりようもなかった。
「……クルス、貴方本当に面白い人間ね。魔物を大事な人って言い切るなんて」
ラフレシアは意外なほど、朗らかな声で答えてくれた。
「人間がここへ押し寄せてくるのは間違いないのね?」
「間違いない。これが証拠だ」
クルスはカロッゾ家で渡された、樹海侵攻作戦の募集要綱が記させた羊皮紙を突き出す。
マタンゴは奪うように羊皮紙を取り、ラフレシアへ渡した。
「どう思われますか?」
「まっ、確かにクルスが言った通りのことが書いてあるわね」
「偽の文書という可能性は?」
「否定はできないわね。でもアルラウネを大事な人と言って、こんな小道具を用意することにクルス側のメリットが思いつかないわ」
ラフレシアは意外なほど、穏やかな口調でマタンゴへ言って聞かせた。
空気の緊張が一気にほぐれ。クルスはほっと胸をなでおろす。
「良いわ、一緒に戦うの認めてあげる」
「お嬢様!?」
「せっかく恥ずかしいことを叫びながら協力を申し出てくれてるんだし、せめてその勇気は買ってあげないと」
「しかし……」
「だけどね、まだ私もマタンゴも完全に貴方を信じたわけではないわ。もしも妙な素振りを見せたら、遠慮なく殺させてもらうわ。 それが戦いに加わる条件よ。良いわね?」
「構わない。樹海の守護者の寛大なる御心に感謝する」
淀みの一切ない回答に、ラフレシアはそれ以上言葉を重ねることは無かった。
「よろしく頼む、ラフレシア」
「こちらこそ。期待しているわ、クルス」
クルスは氷のように冷たいラフレシアと握手を交わす。
どうやらクルスの主張は受け入れられた様子だった。
ロナのために、樹海の味方となって戦いたい――それとは別に、クルスは決断した理由があった。
ラフレシアに寄生されて新たな生を歩み始めたセシリー=カロッゾ。そして、魔物に寄生されても尚、主人に尽くす高潔な侍女騎士のフェア。きっとこの二人は今も一緒に居られて幸せなのだと思う。
本当はラフレシアとマタンゴを引きはがし、遺体を持ちかえればことは穏便に片付く。
しかしそれはセシリーとフェアをこの世界から完全に抹消し、二人の最期の願いを踏みにじる行為に他ならない。
二人はずっとこのままでいてほしい。誰も二人を引き裂く権利は無いし、そんなことをしたくはない。
誰かを踏み台にして栄誉や報酬を得る――そんなことは絶対にあってはならない。
それでは彼を切り捨てて勇者となった“魔法剣士フォーミュラ=シールエット”と何ら変わらない。
何かを得るためには、何かを捨てねばならない。それは生きる上での真理の一つ。
だったら捨てるべきは、クルスにとっては人間であった。
樹海の味方になり、迫り来る人間と戦う。
これこそがクルスという男がしたいこと、すべきことであり、決断を下したことだった。
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