第25話裏切の侍女


「お、おい! ビギナ!?」

「すみません、通ります! あっ、ご、ごめんなさい! 通してくださいっ! 急いでるんですっ!!」


 クルスの手を引くビギナは周りの人へいちいち丁寧に謝りながら道を切り開く。

 そうしてギルド集会場を飛び出しても尚、クルスを引っ張ったまま、やや速足で歩き続ける。


「依頼だろ? 集会場を出ても良いのか?」

「この依頼は“カロッゾ家”がギルドを通さずに募集するものなので、お屋敷に行かなきゃいけないんです! 今の先輩でしたらきっと大活躍できると思うんです!」

「そ、そうなのか……?」

「はい、勿論です! ほら、もっと早く歩いてください! 説明会が始まっちゃいますよ!?」


【カロッゾ家】――聖王国の貴族で、男爵の爵位を持つ家系のことだった。

 武家の名家として有名で、“三戦姫さんせんき”を輩出した“メン家”と共に聖王国正規軍の兵の育成を受け持ち、ペガサス区に隣接するザムスガル区に拠点を置いている。


 ザムスガル区はアルビオンの流通を司る区で、壁外からは絶え間なく馬車や商人が往来していた。

区の中心に、ひと際立派な邸宅があり、そここそがカロッゾ家の館なのである。


 立派な邸宅の前にある広大な庭敷地には、すでに多数の冒険者らしく男女がひしめき合っていた。

そんな中、クルスの視界に、嫌な記憶を呼び起こす一派が飛び込んでくる。




 より装備が充実し、力を増した重戦士――ヘビーガ


 更に強力そうなメイスを手にした大女で、闘術士バトルキャスター――イルス


 斥候とは思えぬ煌びやかな軽装鎧を装備した、イルスの婚約者フィアンセの小男――ジェガ


 妙に露出が高い装備をした弓使アーチャーいの女――マリー


 そして、黄金の鎧を身に纏い、立派な聖剣を腰から下げた魔法剣士――フォーミュラ=シールエット


 以前、クルスに命を助けられながらも、彼をパーティーから追放し、あまつさえ彼を庇ったビギナを傷つけた連中だった。



 

 あの仕打ちを受けたのは、もう二か月以上も前のこと。

しかし彼らを前にすると、嫌な記憶がまるで昨日のことにように思いだされる。

 ビギナも彼らの存在に気が付いたのか、表情を曇らせる。


「彼らも参加するんだな……」

「そうみたいですね。そういえば、あの方たち、最近正式に“勇者パーティー”になったそうです」

「そうか……」


 任命は聖王や九大術士のみで、個人で侯爵ほどの権力を有する冒険者としての最高峰――それが【勇者】であった。

 人を踏み台にし、フォーミュラ一党は更なる高みに昇っているをこと、クルスは嫌悪する。

 すると、ビギナの小さな手が、強く握り返してきた。


「ビギナ?」

「もう先輩も、私もあの方々がとは関係ありません」

「……そうだな」

「はい。もし何かあっても、今度こそ先輩は私が守ります。絶対に……もう、あんな人達なんて怖くありません!」


 後輩の決意に満ちた言葉が嬉しいような、恥ずかしいような。


「ありがとう、ビギナ」


 それでもクルスは、頼もしく成長した後輩へ素直に礼を言う。先輩や後輩などという上下関係は、この際は関係ない。


「頑張ります。今度こそ……!」 

「本当にありがとう……で、だな」

「はい?」

「なんだ、その……手はいつまで……?」


 ビギナは一瞬きょとんとするも、未だにクルスと繋ぎっぱなしだった手を見て、長耳がピクンと反応する。


「す、すみません! やだ、私ったら……!!」


 ビギナは慌てて手を離す。顔から耳の先まで真っ赤に染まっている。

 クルスもクルスとて、内心ずっと気恥ずかしさを感じていたのだった。


 そんな中、館へ続く門扉が開いた。

庭に集っていた冒険者は一様に、口を噤む。

 ややあって、館の中から初老の執事と共に、立派な身なりの男が姿を現した。


「冒険者の皆さま! 本日は当家の依頼を受けに馳せ参じていただき誠にありがとうございます。これより現カロッゾ家当主、バグより皆さまへ直接、本件のお話をさせていただきたく存じます」


 執事と入れ替わり、身なりの良い男性が前に出る。

さすが武家の名家の当主ともあり、そこらの軟弱な貴族とは一線を画す凄みがあった。


「私がバグ=カロッゾである。勇猛果敢な冒険者の諸君、本日は良く集まってくれた。諸君らには、“樹海”へ赴き、わが娘“セシリー”を連れ去った、侍女騎士の“フェア=チャイルド”を探し出して貰いたい。生死を問わずだ!」


 バグの宣言に合わせて、従者がそれぞれ羊皮紙を開き、写し描きを晒す。


(やはりラフレシアが寄生していたのは“セシリー=カロッゾ嬢”だったか)


 クルスがまだ二十代だったころ、一度だけ“セシリー=カロッゾ”の護衛依頼を請け負ったことがあった。その頃は子供だったが、成長した写し描きにも面影がきちんとあった。


 そしてその隣の羊皮紙に描かれていたのは、冷たい印象の女騎士フェア=チャイルド――頭に赤い傘を被せれば“マタンゴ”と瓜二つと言えた。


 話によると、カロッゾ家の三女セシリーの侍女だった、フェア=チャルドは、一か月ほど前に彼女を連れ去り、今クルスがロナと暮らしている“樹海”へ姿を消したらしい。以降、カロッゾ家曰く、二人は消息不明とのこと。


「しかし逆賊が行方を晦ませた“樹海”には、強力なバインドボイスを持つマンドラゴラや、危険度SSの魔物、アルラウネもいるらしい。危険は十分承知だが、是非頼みたい。代わりに参加のみで10,000Gの報酬を確約し、フェアの首を上げ、セシリーを見つけ出した者には追加で1,000,000G。道中で狩ったマンドラゴラやアルラウネの素材はカロッゾ家が高値で買い取ることを約束しよう!」


 カロッゾ家当主バグの破格の条件に集った冒険者たちは一気に色めき立つ。

 そういえば、樹海はカロッゾ家の領地の一部で、こうした破格の条件が付けられるのだ思った。


 これまでのクルスだったら周囲の冒険者たちと同じ反応をしていただろう。“状態異常耐性”がある彼にとって、あらゆる危険が潜んでいる“樹海”では、ビギナの言う通り確かに活躍できる。


「先輩、頑張りましょう! 今の先輩でしたらきっと大活……あの、どうかしましたか……?」


 うかない顔をするクルスを見て、ビギナは首を傾げる。

 この依頼を受けると言うこと――すなわち“樹海”に住むマンドラゴラのベラや、アルラウネのロナへ刃を向けることに他ならない。

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