第50話 思い出

 俺が身体を起こして座ると、三樹も隣に座ってきた。

 三樹はまだ制服姿で、学校帰りに来たんだと思う。

 だけどタイミングが悪い。

 なにも俺がいるときにこなくてもいいだろうに……。



「ね、ねぇ? 今日はどうしたの?」



 三樹らしくない。

 三樹は基本凛とした感じで、スパッと言葉を紡ぐことが殆ど。

 それにさっき、俺のことを名前で読んでいたことにも気づいていないみたいだった。

 自然と口から出たのか、考え事でもしていたのか。

 どちらにしても、三樹らしくないことだ。



「三樹さんこそ、なにかあった?」


「え?」



 なにかに怯えるような感じで、三樹の瞳が揺れる。

 付き合っていた頃を思い出すと、こういう反応をしていたのは海外に引っ越しが決まったとき。

 なにかはわからないけど、少なくともなにかがあることはうかがえた。



「無理に聞こうとは思わないから」


「…………」



 沈黙が支配して、時折通る車と虫かなにかの音が俺たちの間を繋げる。

 空の色はさっきよりも青くなっていて、そう時間もかからずに夜の色に染まる。

 三樹は、スカートの上に置かれた自分の手をずっと見つめている。

 さっき俺が部屋の天井を見ていたのと、きっと同じようなことなのだろう。



「真辺君も、なにかあったんじゃないの?」



 沈黙を破るように、三樹が言ってきた。

 どうでもいい世間話をするような空気でもないせいか、話題も少し踏み込んだものになってしまうのかもしれない。

 だが、考えようによっては丁度いいのかもしれない。

 俺はずっと気になっていたことを聞くことにした。



「昨日相坂さんと会ってたんだけどそのときに出た話で、オンライン小説部のことなんだけど……」



 三樹の瞳が、弱々しい感じで俺を見てくる。

 少なくとも、いつも自信に満ちたような瞳ではないことは確かだった。



「相坂さんが、オンライン小説部は俺のためじゃないかって言ってたんだ」


「……」


「そう、なのか?」


「…………」



 三樹の視線は逸らされて、返答を考えているような様子だった。

 違うのなら違うと言えばいいのだから、相坂さんが言っていたことはまったくのハズレというわけでもなさそう。

 だけどこれは同時に、俺に三樹がなにを思っているのかを気にさせた。



「……ねぇ? 優也・・、中学生の思い出ってなにが思い浮かぶ?」


「急になに?」



 突然の質問ではあったが、できれば言わせないでほしかった。

 中学の頃の思い出といえば、間違いなく三樹と付き合っていたこと。

 真っ先に思い浮かぶことだ。

 だけどそれは同時に、イジメにあった結果俺から連絡を断ってしまい、その後イジメの記憶になっていく。

 結局、中学の思い出はイジメの記憶でもあった。



「私ね……優也に文句言おうと思って、桜花高校に入ったの。

 それなりに自分を磨く努力はしたし、優也が捨てたのはこんなにイイ女だったんだゾ。

 そう思わせてあげようと思ってた」


「実際三樹は、俺と付き合っていた頃よりも素敵な人になってるよ」


「どうもありがとう」



 目をパチパチして、ちょっとだけ恥ずかしそうに目を細めて三樹は言った。



「でも高校で会った優也は、私が想像していたのとは違った……」


「…………」


「他の女子から話を聞いたら、文句なんて言えなくなっちゃってた。

 フランスに行ったばかりのとき、知り合いも誰もいない。

 一人ぼっちみたいに思えた。

 でも、本当に一人ぼっちだったのは優也だった。

 側にいてあげなきゃいけなかったのは、私だった」



 話している間に三樹の目に少しずつ涙が溢れてきていて、留めておけなくなった涙が頬を伝っていく。

 涙は溢れ続けていて、頬を伝っていく涙は止まらなかった。


 俺のイジメのことが、三樹も泣かせている。

 そのことが、ぶつける相手のいない憤りを感じた。



「あれは俺が連絡を断ったんだから、三樹は悪くない」


「でも、気づいてあげられなかった!」


「俺がそうしていたんだし、三樹はフランスにいたんだから気にしなくていいんだよ。

 たまたま、そういうタイミングになっちゃっただけだ」



 以前三樹は、俺が連絡を絶ったことを許してくれると言っていた。

 あれで水に流してくれるということだと思っていたけど、実際はそうじゃなかった。

 三樹は俺のことで自分のことを責めていたのかもしれないと思い――。



「ゆ、優也?」



 俺は三樹を抱きしめていた。



「三樹は、全然悪くない」



 三樹も俺の背中に手を回して、俺たちは抱きしめあった。

 それは三樹がフランスに行ってしまう前日の夜、最後の別れのときに抱きしめあったときのように。



「優也の側にいたいの。中学校の思い出はどうにもできないけど、これからいい思い出作ってあげたい」



 俺の胸から顔を離して、まだ涙で目が潤んでいる三樹が俺を見つめて――。



「好き」



 短くそう言うと、三樹が唇を重ねてきた…………。





「三樹先輩、告ったらしいですね?」



 翌日、放課後の部室でのこと。

 浅野からはあれだけ真っ直ぐに好意を向けられていたこともあり、お昼休みに報告をした。

 結愛ユアと元サヤに戻ったことを。

 なんだけど、それを聞いた浅野は部活がしたいと言い出した。

 そして今日の部活は、俺と結愛の恋バナになっていた。



「う、うん……」



 俺の隣で顔を赤くして俯いている結愛を見て、浅野がニマニマしている。

 今日相坂さんは、本当なら声優の学校へ行くはずなのになぜかいた。



「浅野さん、三樹さんに真辺君取られちゃったのに、案外元気そうですね?」


「なんな話聞いちゃったら、勝てないかなぁって思っちゃいましたからね。

 あぁ、でも! それは先輩と出会って、まだ付き合いが浅いからですよ。

 もしかしたら三樹先輩別れることだってあるかもしれないですから、少しずつ先輩を籠絡ろうらくします!」


「ちょっとやめて! 優也と別れたりなんかしないから!」


「ところで、さっき少し話に出てた合宿、本当にやるの?」



 昨日俺が休んでいる間に、夏合宿の案が出ていたらしい。

 なんとも部活って感じのイベントだ。



「もちろんですよ! 海のある所にして、水着で先輩を誘惑します」


「み、水着?」



 相坂さんの顔が一気に赤くなって、良くなっていた姿勢が丸くなってしまった。



「「…………」」


「相坂先輩、胸大っきいですもんね。相坂先輩と一緒じゃ不利かな」


「そ、そんなんじゃないから」


「優也! 今相坂さんのこと見てたでしょ!」



 今年の夏は、部活の楽しい思い出ができそうだと感じた。

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