第28話 風邪と三樹
俺は三樹があがるなら飲み物をと思いリビングに向かおうとしたのだが、三樹に寝なさいと止められてしまった。
俺も怠さが増してきていたので、素直に三樹の言葉に従って部屋へ戻ることにする。
「……ここが、真辺君のお部屋…………ダークブラウンが基調で、少し大人っぽいお部屋ね」
三樹は部屋に入るなり、目を大きくしてキョロキョロしている。
俺がベッドに座ると、三樹がテーブルから体温計を持ってきた。
「横になって計って」
俺は黙って三樹から体温計を受け取り、脇に差し込む。
無視しているわけじゃないけど、怠さが増していて返事をするのも一苦労って感じなだけだ。
三樹は俺が熱を計っている間、ベッド脇に座り込み、腕をベッドに乗せて俺をジッと見てくる。
学校にいるときよりも、少し表情がやわらかい感じがするのは気のせいだろうか。
「付き合ってるときは、お部屋に来たことなかったのにね……」
自分の部屋に三樹がいるなんて、なんか変な感じだ。
なんとなく、気持ちがふわふわした感じがする。
そんなことを感じていると、体温計から電子音が鳴った。
三八度八分。
通りで怠さが増しているわけだと思った。
俺が体温計を脇に置こうとすると、三樹がそれを奪っていった。
「高いね……」
「せっかく来てもらったのにごめん」
俺が謝ると、三樹が俺の首元に手を伸ばしてきた。
少しひんやりした感じがして気持ちいい。
「熱いね。そのシート冷蔵庫に入ってる?」
「うん」
「取ってくるから、少し待っててね」
階段を降りていく音がする。
目が回っているような感覚があって、なんか別の次元にいるみたいだ。
ぐわんぐわんとしている部屋の天井を見ていると、またスマホが鳴ったので確認する。
既読したのに無視しないでくださいよぉー
浅野が頬を膨らませた顔が送られてきていた。
しかたがないので、一言だけ返信をしておこうかと思ったところで三樹が戻ってきた。
「スマホなんて弄ってないで、おとなしくしなさい」
結局返信する前に、スマホは取り上げられてしまった。
「…………」
俺のスマホを数秒眺めて、三樹はテーブルにスマホを置いた。
そのあと俺にハサミの場所を聞き、取ってきたシートを切り始める。
「ちょっとごめんね」
そういうと俺の掛け布団を捲ってきて、Tシャツの中に手を入れてきた。
俺の体温が上がっているせいもあるのだろうけど、三樹の手がひんやりとして気持ちいい。
三樹は俺のTシャツを捲らないように気を使っているせいか、俺に身体を重ねるようにして腕を伸ばす。
そして俺の脇にさっき切ったシートを貼っていた。
俺はなんとなく、三樹の頭を撫でてしまった。
どうしてなのかとかはまったく考えていなかった。
頭がぼぉーっとしていて、なにも考えていなかった。
三樹はそのあと、俺の内腿と首にもシートを貼って布団を掛け直す。
またベッドの脇に三樹は座り込んで、手を布団の中に潜り込ませてきた。
ベッドに上半身をうつ伏せるような態勢で、俺の右手を握り見つめてくる。
「優也? ちょっと寝たほうがいいよ?」
「うん……少し寝る……」
三樹が握ってきた手が心地よかったのもあり、俺はそのまま眠りに落ちた。
微かに話し声が聞こえてくる。母さんの声。
どうやら、母さんが帰ってきているみたいだ。
そこで意識が一気に覚醒した。
今家には三樹が来ていることを思い出した。
やましいことがあるわけではないけど、女の子がいるのはなんとなく後ろめたい感じがする。
身体を起こして周囲を見るけど、三樹の姿はない。
この部屋に三樹がいないのはいつも通りのことなのに、まるで何かを失ってしまったかのような喪失感を感じた。
窓の外はすでに暗くなっているので、数時間は寝ていたことがわかる。
そのせいもあるのか、身体がやけに軽くなっていた。
まだ頭が重い感じはあるけど、ぼぉーっとした感じも、目が回るような感じもない。
俺はスマホを確認しようとベッドを降りると、部屋のドアが開いた。
「ゆっくり眠れたみたいだね?」
まだ三樹がいたことに、俺の胸が反応していた。
三樹が近づいてきて、俺の額に手をあてる。
「さっきよりかは下がったかな。もう一回計って」
体温計を渡されてもう一度測ると、三七度四分にまで下がっていた。
「ご飯食べられそう? 持ってこようか?」
「うん。下で食べるよ」
自分の家を、三樹のうしろからついていくのが変な感じだ。
現実感がない。日常ではないことだからなのだろうか。
例えるなら遊園地だとか、非日常の空間にいる感じと似ている。
一階へ降りてリビングに入ると、母さんが帰ってきていた。
「優也、熱計った?」
「うん。七度ちょっとまで下がった」
「そうなんだ。九度近くだったって結愛ちゃんから聞いてたからよかった。
ご飯食べれそう?」
「うん」
「今日は結愛ちゃんの雑炊だよ? 私もいただいたんだけど、美味しかったよ」
俺と母さんがダイニングテーブルに座り、三樹が台所に立っているという状況。
これでいいのか? なんて少し思うけど、二人共気にしていないようだったので俺はゆっくり三樹を待つことにした。
三樹が土鍋からよそった雑炊は、玉ねぎ、トマトとシメジに溶き卵が入った雑炊だった。
「ありがとう。いただきます」
「召し上がれ」
ひと目見てこれが、俺がイメージするお粥ではないことがわかる。
一口食べると、思っていたよりもあっさりとした味付け。
ベースの味付けはコンソメだ。だけどトマトの酸味などもあり、体調が崩れている俺でもくどい感じはしない。
炊いてあったお米を一度洗ってぬめりも取っているので、スープもさらっとしていて食べやすかった。
「食べられそう?」
「うん。美味しい」
少し不安げな目だったのが、ホッとしたのか笑顔に変わった。
「結愛ちゃん、ホント美味しかったよ!」
「ならよかったです」
朝からゼリー以外食べていなかったからか、意外にも俺は完食してしまった。
「ふふ、それだけ食べられたら大丈夫そう。はい、お薬も飲んでね」
俺は三樹から薬を受け取り、まとめて水で流し込んだ。
「じゃぁ、そろそろ私は帰るね?」
気づけば八時を回っている。
俺は名残惜しさを少し感じながら、玄関まで見送る。
さすがに今の状態で送るなんてことは言えない。
「また学校でね。おやすみ」
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