第9話 なかったことにはならない

 俺と母さんが戻ると、みんなの視線が一斉に俺たちを視てきた。

 忌々いまいましそうに見てくる人、すぐに視線を逸らす人、落ち着かない人とそれぞれだ。


 俺はさっきの話し合いを見て、謝罪して終わりにするつもりはなかった。

 学校側がどういう考えを持っているのかはわからない。

 事実だけを認め、イジメとまではいっていなかったということにしたいのか、本当に水掛け論になることを考えての提案だったのか。


 ただ加害者側である人たちの言葉は、俺にとって看過できるものではなかった。

 俺に母さんの気持ちを理解するなんてことはできないのだろうけど、それでもどんなベクトルの気持ちを抱いているのかくらいはわかる。

 母さんにまで責めるようなことを言ってきたことを、俺は到底なかったことになどできない。



「お母様、イジメという部分に関してですが、お二人が席を離れてから再度話し合いをさせていただき、真辺君にしてしまったことがイジメだったということを認めると仰っています。

 これでお怒りを沈めていただけますか?」


「証拠があるとわかったら認めるんですね?」



 校長を含めてみんなバツが悪そうにしている。

 証拠の有無で言動を変えているので、道徳的にそう感じるのは当たり前だ。

 そのあと加害者の生徒、親御さんが一人一人席を立ち、俺に対して順に謝罪をしていった。

 全員の謝罪が終わり、校長を含めてみんなが少し表情を和らげている。

 ピリピリと張り詰めていた空気が緩んでいた。



「学校側としては今回のことに対し、各生徒に停学二ヶ月という処分をいたします。

 お母様、真辺君のお気持ちを考えれば軽い処罰に思われるかもしれませんが、ご納得していただけますでしょうか?」



 イジメをしていたということを認め、こうして謝罪もした。

 さっき言っていたことが通ったこともあり、母さんは了承した。



「真辺君も、これで許してもらえるかな?」



 これが最後の確認で、俺の言質が取れれば解決ということなのだろう。

 校長の顔もなんとか収めることができたという感じの、優しい顔を俺に向けてきていた。



「謝罪をしたということは、示談する気があるということでいいですか?」



 俺の言葉で空気がまたピリッとした。

 目を見開いて驚いている人、怪訝な顔をする人、表情を変えない人、視線を落とす人とそれぞれだ。

 小松たち学生組は、みんな同じように怪訝な顔をしていた。



「こちらは謝罪もしたし、これで終わりでしょ! 示談ってなによ!」


「こういう問題は示談をするのが普通ですよね?」


「子供のくせになに言ってるのよ!」


「じゃぁ尾池君は、示談するつもりはないということでいいですか?」


「はぁ? だから謝っただろ? それでいいだろ!」



 母親と一緒に尾池が言ってくる。



「言っとくけど、謝罪をされたからって今までのことがなかったことにはならない。

 この件で俺が学校を休んだことは取り戻せないし、それまでの時間を取り戻すことなんてできない。

 別に示談しないのなら俺はそれでもいい。

 示談のテーブルにつきたくない人と、わざわざそんな話をする必要はない。

 警察に行くだけだ」



 この警察という言葉に、明らかに小松たちの目は動揺をしていた。



「名誉毀損とか微妙なのもあるとは思うけど、データの中には暴行の音声もある。

 暴行罪は間違いなく適用される奴はいる。

 刑事にしたいのならそうすればいい。俺はどっちだっていいんだ」



 今回の件の被害者が俺だということは、伏せられてはいても多くの人が知っていること。

 それは逆も同じことだ。SNSなどでも噂は広がっている状態。

 そんな状態で示談を拒否したとなれば、間違いなく誰か叩き始める人は出てくるだろう。


 するとスマホを弄り始めた男性が目に入った。

 さっき俺のことを値踏みするような視線を向けてきていた人だ。

 すぐにスマホをしまい、謝罪以外で初めて口を開いた。



「子供は謝罪をし、ここからは親の責任だ。君の言う通り、息子がやってしまったことによる損害を取り戻すことはもうできない。

 暴行罪は大体一〇万~二〇万が相場で、悪質ならそれに加算されるようだ。

 二〇万、納得できないなら三〇万でもいい。示談させてほしい」



 どうやらさっきスマホを弄っていたのは、暴行罪の相場を調べていたようだ。

 この男性が言った相場は、俺がいくつか調べた相場とも一致するもので、金額は妥当なように感じられた。



「あなた? なにもそこまで。子供同士のことだし……」



 奥さんが言うと、他の親御さんで男性に文句を言い始める人が現れた。


 

「勝手なことしないでくれ。あんたが先走ると、それで向こうは調子に乗る」


「こんなことで二〇万とか三〇万だとかふざけてる」


「なにを言っているんですか? 最終的にお金の話になるのは、社会では当たり前ですよ?

 それに、示談に文句を言っている人たちは今の状況が見えていないんですか?」



 俺から示談という話が出てから、加害者側で揉め始めた。

 どうやらお金の話になることを、考えていない人たちもいたみたいだ。

 俺だって可能性の準備はしてはいたが、実際にこんな流れにするつもりはなかった。

 それをこんな流れにしたのはあちら側だ。

 俺は母さんにしたことを許すつもりはなかった。

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