第44話:戻って来た彼

リヒターは完全に正気ではない。

無理はない…きっとムガベに何か言われて負の感情が急激に上がったのだろう。

そして、魔法を閃き…禁忌と言われた憑依魔法を使うとは…


彼は天才だ、想像して魔法を使い、誰も使った事や見つけた事の無い魔法を自分の物として使う。

ナイトフォールが良い例だ、元々はブラインドガーディアンと呼ぶ魔法を自分のアイディアで昇華し、より強力な魔法となった。

この憑依魔法もそうだ。

憑依魔法は、封印された魔法だ。

昔話だが、堕ちた人間が悪魔と結託し作り出されたのがこの憑依魔法だ、この魔法は、悪魔を呼び自分に憑依させる事で強力な力を得て、代償として自身の寿命を捧げる事となる。


リヒターが既に悪魔に堕ちたのかは分からない、そして彼の魔法は異質だった。

本来だが…彼のやっている憑依は『悪魔』ではないのは確かだ…

だから余計に心配になった、寿命を使いきってしまうのではないかと。


私は最初から全力を出した。

彼に見せた事の無い魔法で動きを止めようとしたり、動きを鈍らせようと極力傷つけない方法で彼に能力低下の魔法を放ったりしたが‥彼に触れる事すら出来なかった。

魔法は全て打ち消され、一歩も近づく事が出来ない。

しかし、一つだけ確信した事があった、彼はまだリヒターのままだと言う事だ。

私達を傷つけていないのだ、魔法を打ち消し、その場から動けない様にしているだけだ。

私は必死にリヒターに問いかけた…


「リヒター…!止めろ!私は傷つくリヒターを見たくない!もう止めよう…」


「…」


リヒターは何も答えてはくれない。

身に纏った鎧で彼はもう心まで閉ざそうとしているのだろうか…

するとレイが彼に語り掛けた。


「リヒター君、貴方が…もし堕ちてしまうのなら…私は契約を強制破棄します…そうする事で貴方の暴走を止められるなら…安い物です」


契約の強制破棄…

精霊側が行う最後の手段だ、契約を強制破棄する事で、魔法を止められる…だが、そうしたら最後、精霊は力を失い死ぬ。

リヒターはこの意味を知らないと思い、必死に伝えた。


「リヒター!レイは命を捨ててまで止めようとしているんだ!お前はそれで良いのか!」


その発言に彼はピタリと動きが止まった。

ゆっくりと此方を見るリヒターは、何か悲しそうな雰囲気だった。

彼は悲しそうに彼の心の内を話してくれた。


「僕はこの怒りを何処にぶつければ良いんだ‥?父さんと母さんは殺された、だからこうやってでしか、怒りが収まらないんだ!」


私には彼を納得させる答えが無い。

もし‥彼が殺されたと知ったら、私は確実にその相手を殺す自信がある。

関係者、家族等全員悲惨な死を与えるだろう、例え国家を敵に回しても全滅させると思う、それはレイも同じ気持ちになると思う。


するとレイは彼に語り掛けながら近づいた。


「悲しかったよね‥怒りたいよね、でもね‥リヒター君、死のうとか考えたらダメだよ、残された私達はどうしたら良いかな‥?」


リヒターは無言で立っている。


「残された精霊は心に傷を負うわ、私は‥いえ、ベルベットもそう。私達はリヒター君を想い、大切な人だから余計に辛いのよ‥だからもう自分を傷つけるのは止めよう、ね?辛かったら言って良いんだよ?怒ったり、悲しんだりしよう?私達はずっと傍に居るからね」


リヒターは魔法を解きその場で泣き出した。

この2日間、彼にとっては辛い日々だったのだろう‥

突然両親が消え、対戦相手に殺された事を伝えられ、暴走し‥

行き場のない怒りをどう消化すれば良いかも分からない。

私も彼に駆け寄ろうとした次の瞬間だ。


ブスッ


鈍い音が聞こえた瞬間、リヒターは口から血を吐きながら前に倒れた。

彼の背中には大きな氷の槍が刺さった状態で‥

ムガベはボロボロの中氷の槍を作りリヒター目掛けて放ったのだ。


「馬鹿め‥! 勝てば良いんだよ、勝てば!お前達!こいつらを殺せ!」


そう言うと陰から手下達がゾロゾロと出て来た。

最初からこうするつもりだったのだと悟った。

レイは彼に駆け寄り、回復魔法をかけている‥


「ベルベット! リヒター君を回復するからこいつら全員何とかして! このままじゃリヒター君が死んじゃう!」


「ああ‥ レイ、防御壁をかけとけ‥ 終わったら一緒にリヒターを説教だ、だから絶対助けてくれ、私はこいつらを‥潰す」

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