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「ただいま」

「おう」



「駄菓子屋バニーニ」のレジカウンターでいつものように柚木謙之介が店番をしていた。


ロン毛のくせ毛で、難癖もありそうなウェーブのかかった髪型に、白いTシャツでジーンズに便所スリッパの、身だしなみを全く気にしない男。

そんな恰好でレジ版をする男は、どこからどう見ても駄菓子屋の店主には全く見えない。しかし新聞を読み、キャンディースティックを口にくわえている様子を見ると、キャンディーの部分だけが駄菓子屋感を醸し出していた。

胡桃から謙兄けんにいと呼ばれているその男は、胡桃の兄である。彼は、両親が“行方不明”になってから、勤めていた会社を辞めて、両親が営んでいた駄菓子屋を継いで家計を支えている。


「駄菓子屋 バニーニ」は創業五十二年。長く地元に愛され続けている駄菓子屋である。

そして、謙之介と胡桃の実家でもある。店舗兼自宅であり、店舗スペースが建物の一階のスペースの三分の二ほどある。

店舗面積としてはそこまで広くないが、駄菓子商品のラインナップは豊富で、子供たちのお小遣いで購入できるお菓子がたくさん揃っていた。

胡桃が学校から帰ってくる時間帯には、店の前で数人の小学生が挙って駄菓子屋に来ていたりする。

いつも数十円から数百円の予算で、いくつも購入できるガムやチョコレートなどの駄菓子を買いに来ている小学生たち。今日は購入したチョコレートを、お店の入り口あたりでめくっては「はずれたー」と嘆く小学校二年生ぐらいの男子が三人。

こうして常に、どこかの小さなお客が、バニーニの前で屯していた。

胡桃はそんな小学生の横を通り過ぎ、店の入り口からの中に入っていく。

カウンターの奥は生活スペースとなる居間があり、胡桃は靴を脱いで居間に上がっていく。

そのまま靴は置いたまま。お店と今の繋ぎが玄関の代わりになっていた。

そして胡桃は、今のちゃぶ台にランドセルを置いた。そのままランドセルから連絡帳の袋を取り出し、プリントを謙之介に渡す。


「ん?野外活動?」

「そう」


小学校五年生になった胡桃が謙之介に渡したプリントは、野外活動の知らせだった。一泊二日、野外活動の研修センターでキャンプをして、自然の環境で楽しく時間を過ごす行事である。


「私、行かない」

「えっ?」

謙之介は驚いた。しかし胡桃にとっては、何があっても“一泊二日”家を空ける行為そのものがイレギュラーだと思っていた。


「せっかくの行事なんだから、参加した方がいいぞ」

「いい」

「俺だったら参加するな~! 楽しいぞ? キャ・ン・プ」


謙之介はプリントを見ながら、胡桃にキャンプの楽しさを教えようとする。しかし、胡桃は野外活動が“不利益”になると危惧していた。もちろん謙之介は、胡桃が何を考えているのかお見通しだった。


「ハァ…学生は勉強が仕事だぞ? “店”のことはいいから」

「行かない」

「……頑固な奴だな」


謙之介はため息をついた。


「お前が心配するのは理解できるよ。だが…たった一日だけのことだぞ? その一日に仕事が入るとは限らないんだ。何もそこまで心配しなくても…」

「でも“いなきゃいけないの”」


そう言うと、胡桃は謙之介からキャンプの知らせのプリントを取り上げ、ビリビリに破った。


「あっ!!! 破ることはないだろう…」

「……ごめん」


咄嗟に破ってしまったプリントを見て、胸が張り裂けそうな痛みを胡桃は覚えた。しかし彼女は、


「でもね、謙兄…私、いなきゃいけないの。いつが来るかわからない。参加者が来るかわからない。だから…いないのが怖いの」

「胡桃……」


その時、胡桃の頭に“メッセージ”が流れ込んだ。胡桃はじっと空中を見つめる。


」が、現れたのだ。


胡桃は、


「謙兄」

「……わかった。とりあえず野外活動の話は後でするぞ、いいな?」

「うん」


謙之介『よっこらせ』と、重い腰を上げた。

カウンターの引き出しから車のキーを取りだし、店の前にいた小学生たちに「ちょっと店じまいするわ、悪いね」と声をかけた。

小学生が帰宅し、店の前に誰もいないのを見計らい、謙之介は「close」の看板をドアの外にかけ、そのまま駄菓子屋の店の扉を閉めた。

胡桃と謙之介は目線を合わせ、そのまま勝手口から出て車に乗り込む。

行先は、もちろん想い人の元。


胡桃は、届いたメッセージがどこに“いる”のかを探していく。

ゆっくり瞼を閉じてを探し、瞼の裏で想いと見つめ合うのだ。



そして、場所がわかるとその先へ向かう。

今から二人で「再会―来観—」が開催される。


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言葉の枝 誉野史 @putamu

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