第12話  関わり

中途採用のその人は、かなり上の方の部署に配属されたようだった。あまり見かけることはなかったが、周りの社員が噂しているのを耳にした。あの日言われた上司の言葉がなかなか耳から離れない。しかし、自信喪失していても仕事はしなくてはならない。

仕事は早くきたからできる、遅くまで残っているから偉い、頑張っている姿を見せれば許してもらえる。そんな世界ではない。特にここは。結果が出なければなんの意味もない。言ってしまえば、努力してなくても結果さえ出ればそれで良いのだ。

学生までは努力してる姿が見せられれば、部活でも結果が出なくても叱られることはなかった。仲間もそれは咎めなかったし、あれだけ頑張ったんだから。と言われた。

だから、社会に出てから、特にこの職場に来てからの、結果が全てになかなかついていけなかった。誰も教えてはくれなかった。

自分で気づけということなのだろう。

しかしそんなことを考えられるような余裕は当時なかった。目の前のことをこなすだけで精一杯だった。そう、家のことが何もできないくらいに。


中途採用の人が入って数週間が過ぎた。ふと、その人がフロアに現れた。周りが少しうるさくなった。


なんの用事だろう。


そう思いながら作業を続けていると、頭上から声がした。


「あーなるほどね。そこをそうしてるから作業効率が悪いんだ。」


後ろを振り返りながら目線をあげると、その人がこちらを見ていた。


「・・・え?」


「いやね、ここの売り上げがここ最近すこーし落ちているらしいんだけど、原因は何かと聞かれてね、いろんなフロアを回ったり、資料を見たりして調べているんだけれども、ここのフロアの作業がすごーさ遅れ気味だったんで、様子を見に来たんです。」

自分の効率の悪さが売上にも影響していたなんて・・できないくらいに。少し考えればわかることだったが、現実を突きつけられ、顔をあげられなくなり、目線を落とす。

「いやいや、凹まそうと思ってこう言ったんではなくてね?逆に考えるんだよ。ここの効率さえ上がれば、売り上げが上がるってこと。教育係は誰?」

教育係の人が責められてしまう。黙秘した。

「んー。それも言えなような職場なのか。そこも改善点だな。」

そう言って近くを通り過ぎようとした社員に話しかけた。

「この人の教育係は誰?」

「私、ですが?」

やばい、怒られる!


「もう少しやりやすい方法があるから、それをみんなにも共有してもらって良いいかな?」

「そうなんですね・・・。ただ上司にも確認してみないと、今までのやり方でだいぶやってきているので、急に代わるとなるとみんな困惑してしまいますし・・・。

「なるほど。しかし、今のやり方だと、いつまでもここの売り上げは上がらないし、新しいやり方の方が皆さんも早く帰れると思うのですが、いかがでしょう?上司の方に掛け合ってもらえませんか?」

「・・・わかりました。掛け合ってはみます。しかし具体的な数字がないと応じては貰えないかと。資料など何かありますか?」

「んー。今はないんですよねぇ。」

「今は、というと?」

「これから作ります。」

「これから、この人が、身をもって証明してくれます。」

とこちらに目線を送られた。

え?なんてことを言い出すのか。

教育係も驚いたようで、こちらと中途社員を交互に見つめていたが、中途社員が満面の笑みで見てくるので、諦めたようだ。

「一週間」

「一週間で結果を出してください。そんなに暇ではないんです。その結果が出てから上司にも相談させていただきます。」

「わかりました。一週間、楽しみにしていてください。」

こちらの意見は全く無視の、無謀な計画。

教育係が立ち去った後、中途社員を問いただした。

「なに勝手に話をすすめられてるんですか!」

「できませんか?」

「できませんよ!売り上げの低迷はここだって思われたからここに来られたんでしょう?原因なんて一つしかないじゃないですか!」

自分でもわかっていた。どんなに頑張ってもみんなのようにはいかないこと。他の人がした方が効率が良いこと。ここのやり方でなく、覚えが悪い自分が悪い。

「まぁまぁそんな悲観的にならなさんな。物事何でも、その人に合ったやり方というものがあるんですよ。」

中途の顔を見る。

「その人に合った・・・?」

「そ。その人に合ったやり方をしなければなかなか効率が上がらない。私が見るからにあなたは他の人のやり方をそのままコピーしてやっているように見える。オリジナリティがないというか、あなたに合ってない。例えば物の配置なんかを変えてみたり。」 

そう言いながら物の配置を勝手に変えていく。

「勝手に配置を変えて良いんですか?」

「物の配置すら変えちゃいけないと思ってましたか。なんて素直な人なんだ。ここの持ち場はあなたのものなんでしょう?他の人が触らなければ変えても問題ありませんよ。それに前任者も買っと物の配置は変えてるはずですよ。」

「どうしですか?」

「全体的に見ると、物の配置が左寄りに多くなっています。これはきっと左利きの人が前任だったのでしょうね。左側にものがある方が撮りやすいですし。ライトも右側にある。左の人が左側にライトがあると自分の腕で影を作ってしまうので作業しづらいんですよ。作業しづらくありませんてましたか?」

確かに、いつも影ができて見づらかったり、やりづらさは感じていた。しかし会社の備品であるライトを勝手に動かしても良いものか迷い、自分が我慢すれば良いと思っていたので慣れてしまっていた。

「まずは作業する場所を自分が使いやすく変える方々は大事ですよ。さ、作業してみてください。」

いつも通り作業してみる。とてもスムーズだ。手を伸ばした先に欲しいものが手に届く。ライトもうまく当たってとても見やすい。

「作業、しやすいです。」

「そうでしょう。作業する環境を整えるのも大事な仕事の一つです。これでだいぶ効率も上がるはずですよ。さ、他の改善点もあるんですからどんどん進めて行きますよ。一週間後が楽しみですね。」


新しい世界が開けた気がした。

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