第10話  過去

 行った先は務めている会社の中でもなかなかのエリートが揃っている。それもそのはず、本社も兼任しているからだ。

月毎の売上はトップクラスで、全エリアの中で3本指に入るくらいのエリアだ。


以前のエリアは競合もおらず、地域密着型だった為、ほのぼののんびり学ぶことができた。今まで売り上げに厳しく言われてこなかったエリアだったので、まずはそのギャップに驚いた。

 事務所内をひっきりなしに人が駆け回っている。仕事はシステム化されており、それぞれの仕事に担当者が振り分けられている。本社側の仕事を任されたが、いきなりそんなところに放り込まれてしまったものだから、最初は教育係のような人がついてくれていたが、忙しいためか3日目からは野放しにされた。確か、「一回しか言わないから」が口癖だった。

 その言葉に恐怖し、また、今までやってきたものと全く別物の仕事だったため、一生懸命メモに残していたが、休憩時などに見返してみると、走り書きで重要なところほど読めなくなっていた。


 自分のようなものが来るところじゃない。

 初日の夜に玄関に入った瞬間思ったことだった。


当時相談できる友人もいなかったため、誰にもその辛さを吐くことができなかった。ソーシャルネットワークサービスを利用してもよかったのだが、叩かれでもしたらメンタルがもうもたないと思った。そもそもみてくれる友人もいないので、もしかしたら何の反応も無いのかもしれないが。

 職場の人も、とてもそんなことが言えるような雰囲気ではなかった。前の職場の人に相談することもできたのだろうが、栄転と捉えられてしまったので、表向きは祝ってくれたが、腹の底はどう思っているのかわからない。もし相談して、その相談内容をみんなに嫌みったらしく広められでもしたらと考えるだけで恐ろしい。


というくらい人を信じられない自分もいかがなものかと思ったが、嫌われたくなかったので、自分が嫌な人だなと他の人に思われたくなかったので、辛さを人に伝えることはしなかった。


初めて任された仕事は、ここに配属された人が必ずするという仕事。作業自体は簡単だが、スピードと正確性が求められる。ここを通過しなければ、これからの作業が始まらない。ここでの仕事を経験することで、どの部署に配属されても、ここでの仕事があるからこそ今の仕事ができていると、感謝することができるとかなんとか。そんなふうなことを言っていたような気がする。走り書きメモで読み取れたのはこんな感じの情報だった。


与えられた仕事を必死にこなしていく。ミスが出ては、他の部署に回された時には大変な騒ぎになると教えられたから。


なかなか作業スピードが上がらない。少し上の人たちからは視線を感じる。これが無言の圧力か。


 ここでの作業を通過しなければ他の部署には仕事が行かないので自分が遅れれば自ずと全体の作業が押してくる。すると帰宅時間も遅くなる。

 作業効率が上がらないので、朝イチで職場に来るがなかなか終わらない。やっとの思いで、今日のノルマを達成して、自分は定時に帰れても先輩方は終わらない。そのノルマを達成するまでは帰れないから。自宅でできる仕事ではないので、ここで終わらせるしかない。

 自身の仕事を終えても、自分が遅かったせいで定時に上がらなかった先輩方。そんな先輩を尻目に帰ることはできなかった。誰のせいで残業してると思っているのだ。そんな視線を毎日のように向けられる。会社としてはここにいることで残業代がかかってしまうので、帰れるのなら帰った方が会社のためだ。退勤を押して残るということもできなくはないが、残っていたとしてもできる作業としては雑務くらいで、慣れてない自分がやれば、余計仕事を増やしてしまうかもしれない。

それはみんなわかっているようで、仕事を頼む人はいなかった。

視線を感じながら職場を出る。この時間が一番嫌いだ。毎日一人一人に謝って回りたい。それすら迷惑に思われるだろうが。

残りたいけど、手伝いたいけど、それができない自分の力のなさと要領の悪さで、通勤路は黄昏時にもかかわらず、歩みはいつも重たかった。

(今までは、明るい時間帯に帰れるのが羨ましいと思っていたが、こんなにも足取りが重いなんて・・・。)

前の職場ではそんなに自分ができていないというふうには思わなかった。少なくとも仕事のやり辛さは感じていなかった。もしかしたら周りの人が自分が気づかない間に、かなりサポートしていてくれたからかもしれない。そういえば、できないことがあっても、「いいよいいよーやっとくよー」と言ってくれていたのを思い出した。

その後お手洗いから帰ってきた時に、話し声が聞こえたので扉の前で立ち止まってしまった。

「あの人、新入社員で入ってるでしょ?中途の自分よりもお給料もらってるのに、自分よりも仕事できないっていうのがですね。腑に落ちないんですよね。」

「まぁ、そんなこと言いなさんなって。給料分働けっていえたのも昭和の時代まで。平成はそんなこと言うとすぐ辞めちゃうから。」

聞き間違いかな?とも思ったが、もしかしたら気づかないうちに前の職場でも邪魔者扱いされていて、鈍感な自分は気づかなかっただけかもしれない。

そんなことを考えてだんだん憂鬱になってきた。

今日は帰ったら真っ先に寝よう。

一人暮らしなので家事をしてくれる人もいないが、そんなことも手がつかない。何日目だろうか?やっとたどり着いた我が城は散々な荒れようだった。気にはなっているがそこまで行き着く気力がない。休日も泥のように寝ている。体が動かないのだ。

このままじゃ、やばいなぁ・・・。

と思いながら、ベッドに倒れ込む。

睡魔はすぐに襲ってきた。

また、明日が始まる・・・。

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