【その後】ささやかな出来事
第十四話 帰宅
「いや、本当に、申し訳ない」
「色々お手数をおかけしました」
すっかり彩希に頭が上がらない二人だったが、彩希はいつもと変わらない気さくな笑顔で応える。
「いやいや、なんのなんの、どうせ事務所も暇だったしさ。うんうん、もっとなんて言うかこう称賛し給えあたしを」
「彩希様最高です」
「女神様です」
「いやいやいやいや、あっはっは、気持ちいいなあこれ」
「あ、こちら。ご所望の麦焼酎
「うんうん、苦しゅうないぞ」
シリルの足元にマイアがしがみ付いてきた。
「シリル」
伊緒と彩希がふざけた会話をしているのは放っておいて、シリルは屈んでマイアの髪をなでる。
「いい子にしてた?」
「うん。アイスも二つにしてた」
「そう、お利口さんね。彩希おばさんと何して遊んだの?」
「おばさん」
耳ざとい彩希が反応した。
「あのね、あのね。コインがテーブルを通り抜けるの!」
目を輝かせるマイアに彩希が割って入る。
「ああ、手品なんですよ。マイアちゃん凄いんですよ。七割は種明かしできちゃって。でもこのコインがテーブルを貫通して落ちる手品はなかなかわからないみたいでね。見てみます?」
彩希がリビングのテーブルで実演してみる。なるほどコインがテーブルを貫通しているように見える。伊緒にはそのタネが一向に判らなかった。
何度か彩希が披露してみると、シリルははたと何かに気付いたようで、マイアに耳打ちをする。
「視覚情報に囚われないで聴覚センサーを使うと判るかも知れないわよ」
ハッとなったマイアはテーブルの下の彩希の手にコインが握られているのを見つける。
「いや、さすがだね。経験がある分お母さんの方が一枚上手かな」
苦笑いをする彩希。
「まだ見せてあげようか。カードも結構やるんだよ」
「いつの間に覚えたの? マジックが趣味だなんて知らなかったなあ」
「最近ね。暇つぶし。慣れると結構簡単なんだよ」
「見せていただいてもいいのですけど、お帰りが遅くなってしまいません?」
「ああ、迎えをよこしているので、それ待ちです。雨も降って来ちゃいましたしね」
「あれ? 気が付かなかったよ」
「予報だと夕立程度なんだけど。雨の中トラムで帰るのはちょっとね。だから車を呼んだの」
「自動運行タクシー?」
「いやいや自前の。あ、来たんじゃないかな」
家の前に電気自動車が止まったがその音は伊緒には聞き取れなかった。
◆次回
第十五話 思わぬ再会
2020年10月24日 21:30 公開予定
※2020年10月26日 加筆修正をしました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます