第23話 落ち着いて話をしよう

 僕は今、喫茶店で大手出版社の漫画編集者である仲里咲織さんに色々と話を聞いてもらっていた。次に描こうと予定している同人誌のアイデアについての話をすると、仲里さんは真剣な表情で耳を傾けてくれる。途中、有用なアドバイスもしてくれた。


 流石、現役で漫画編集者をしているだけあると思わせる説得力があった。出会って対面した時、彼女に対する僕の印象は不安だった。


 喫茶店の外から彼女の姿を見た時、清潔感のある綺麗なスーツを着こなして、座る姿勢もピシッとして凛としていた。見ていてカッコいいと思えるような女性だった。ネットの記事に載っていた写真と同じく、敏腕な編集者という印象を抱いていた。


 だけど僕が店の中に入り顔を合わせてみると、いきなり大声で叫ばれてしまった。まさか、同人誌を描いている作家が男だとは思っていなかったらしい。話し合いには女性が来ると思っていたようだった。それは、僕が事前に伝えておくべきだったかもしれない。驚かせてしまったようで、申し訳なく思う。


 席に座った後も、落ち着きのない様子を見て、彼女に対する不安は大きくなった。男性が苦手なのか、ずっと緊張しているようたった。やはり事前に、性別はちゃんと伝えておくべきだったかな。


 緊張して上手く話せないようだった仲里さんに代わって、僕が率先して話をした。話を聞いているうちに、彼女は落ち着きを取り戻したようだ。真剣な眼差で僕の話を聞いてくれて、役立つアドバイスをしてくれる。とても頼りがいがあるような女性に感じていた。


 仲里さんに対する印象が、短時間でコロコロと変わっていった。ものすごく仕事ができそうな見た目。だけど男性と対面すると緊張して狼狽える。だが、漫画に関することは真摯に付き合ってくれる。


 どれが本当の仲里さんなのか、見極めるのは難しそうだ。


「読者にエロいと感じさせるには、もっと肌を露出したりして、ここをこうしたり。あとは、ここをこうしてみるとか」

「なるほど。こんな感じですかね」

「そうです。この部分を、もうちょっと」


 ネームを見てもらいながら、一つ一つ指摘を受ける。今すぐに修正が必要な場所は確認してから描き直したり、メモしていく。作品の設計図を、どんどん磨いていく。


 前世でよく行った、編集者との打ち合わせのようだった。


 漫画編集者として優秀らしい仲里さんは、納得できるような提案をしてくれるので助かる。ただ僕は、仲里さんのアドバイスだけを聞いて言う通りに従うのではなく、自らの考えも加えてネームを修正していく。この作品は、僕が描く漫画だと主張するように


 仕事に関係する話だから仕方がないけれど、異性に対して性的な事を包み隠さずに話すのは慣れない。赤面してしまいそうになるほど、恥ずかしい。しかし仲里さんはエロの話に一切恥ずかしさを見せなかった。


 今の僕は、美人な女性に対して性的な妄想を包み隠さずに、むき出しにして話している。客観的に今の状況を省みると、恥ずかしくなってきた。だけど、目の前にいる相手は真剣で、一生懸命に話を聞いてくれている。だから僕も、恥ずかしいと感じる気持ちを覆い隠して、真正面から仲里さんと話をする。


「この場面は、どんな感じで描く予定ですか?」

「それは、こういう感じで」

「なるほど。もうちょっと、展開をこうしたり」

「じゃあ、こういうのとか」

「良いですね。そうすると、ストーリーの導入がスムーズで没入しやすくなると思いますよ」

「そっか、なるほど。じゃあ、こっちもこういう風に変えてみて」

「そうですね。そっちも修正すると、全体的に整うかと」


 その他のネームもついでに、2人でチェックしていく。指摘を受けた箇所について色々と修正していく。アイデアを出し合い、より良い作品を創ろうと話し合った。


 追加でデザートと飲み物のおかわりを注文して、糖分を補給しながら夢中になって議論を続ける。


「ありがとうございました」

「いえいえ、私なんかの力が助けになれば嬉しいです」


 沢山の助言をもらって、とても助かった。話し合っているうちに、距離も縮まった感じがある。出会った当初よりも、緊張感が無くなった仲里さん。


「僕ばっかり話をしちゃったんですが、仲里さんの用件は?」

「あ、そうですね」


 今回、会いたいと申し出たのは仲里さんの方から。なので、何か用件があるだろうと彼女に尋ねる。今回、僕に会いたいと言ってきた彼女の目的について、詳しく説明してくれた。


「今回テンセイさん、というかタケルさんにお声をかけしたのは雑誌で連載を持ってもらおうと思っていたから……なんですが」

「連載、ですか!?」


 突然の話に、僕はびっくりした。いきなり連載という話に驚きを隠せない。ただ、言いにくそうにしている仲里さんの様子を見ると、何か問題があるのかもしれない。


「それって、どれぐらい話が進んでいるんですか?」

「いえ。実を言うと、まだ連載枠も決まっていないような提案段階です。上司にも、これから話を持っていくつもりだったんです。それよりも、大きな問題があります」

「問題、って?」


 一旦、言葉を止める仲里さん。それからジロジロと、無遠慮に人の顔を見てくる。僕の顔がどうかしたのだろうか。この顔が何か、問題に関係するというのか。

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