『やる気のあるりんご』
お、お前、今日はやる気あるな。
このおじいさんは毎回おれたちに声をかけてくる。おれたちが言葉を理解しているとでも思っているのだろうか。答えはイエスだけど、普通の人はおれたちが言葉をわかるとは思っていない。
おれたちはいかに赤くみずみずしく、そして何よりも甘くなるかが重要だ。りんご社会の中でそれにより階級が決められるからだ。階級が上であればあるほど高く売れる。当然このおじいさんもおれたちがいかに赤くみずみずしくて甘く育つかが重要だと思っていた。
しかしだ。このおじいさんは違っていた。そう、やる気なんだ。だからおれは未だに収穫されないでいた。おれに生るりんごの実は正直言って、この農園のどのりんごよりも赤くみずみずしくて甘い。それは夜な夜な開かれるおれたちのおれたちによるおれたちだけの会議でしっかり競った結果分かったことだ。3軒となりのシノズカは悔しさのあまり、明くる日実をすべて落としちまったほどだ。
だが、おじいさんはそのすべて落ちてしまったりんごの実をひとつずつ拾って籠に入れて、「やる気、あったのになお前」と言った。何を分かった気でいやがるんだとおれは思った。次の日、その落ちたりんごどもはおばあさんの手でジャムにされて出荷されてった。ジャムになったシノズカはとても嬉しそうに笑ってやがった。馬鹿にされたような気分で胸糞が悪かったぜ。
とうとう昨日で27軒先のキヨタニのとこが収穫されて、残すはおれのとこだけになった。もうこのままおれは死んでいくんだろうと思った。仕方ない。おれにはやる気がねぇからな。
朝、おじいさんがやってきた。おれの目の前で止まると、おれの胸の上に手を置いた。「お前が一番赤くてみずみずしくて甘いのは知ってるよ」と言った。だけどなと続けて、「お前が一番赤くてみずみずしくて甘ければ甘いほど、周りのりんごは赤くなりづらくて、みずみずしくなりにくくて、甘くなりにくいんだよ」と言った。
「わしはそれでも生きる、そういうりんごも好きだなぁ」
おじいさんはおれの胸から手を離して、家の中に入っていった。家に歩いていく途中で、おじいさんがりんごはみんなでりんごとつぶやいた。
夜になってもまだおじいさんの手の感触が残っていた。ずっとひとりで生まれてきてひとりで死んでいくと思っていた。いままでで一番ひとりだと感じた。それでもおじいさんの手の感触だけは残っていて、そのせいかわからないが涙があふれてきた。
今まで一度も泣かなかったのに。くそやろう。
次の日、おじいさんは黙っておれの前に現れた。地面を見て、にっこり微笑んだ。
「いい土になってきた、お前、やる気あるな」
収穫されたおれは、出荷されていった誰よりも赤くなくてみずみずしくなくて甘くなくなっていた。それでもおじいさんはおれをかじって、おいしいと言った。おばあさんの手でおれはジャムになって出荷された。そして今、女の子がおいしいと言ってジャムの塗ったパンを食べている。
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