幕あい Part D この名に誓います

【375.11】


 どこまでも続く、広い空間。暗がりの中、細かな青白い光の粒子が宙を舞っている。

 沢山の粒子が一定の流れを作りながら周遊するその動きは、さながら海中を泳ぐ小魚の群れだ。


 闇と光に満ちる空間の中ほど、白く大きな真四角のタイルが全部で8つ、円を描くように配置されている。

 それぞれのタイルの上には、1つずつ人影が乗っている。

 合わせて7名、人影は動かない。




「やれやれ……。

 また領域を外れる個体が現れたか」




 声を発したのは、7つの人影のどれでもない。

 虚空に声のみがこだまする。


「身の丈に合わぬ力は、不幸しか生まぬというのに。

 このままテクノロジーが進めば、いずれ自ら破滅へと向かう個体が現れるだろう。

 その前に、データのバックアップは必要か……。

 来い、8号」




 声に応じるように、人影の乗っていなかったタイルの上に、新しい人影が現れた。

 頭を低くし、祈るような格好をしている。


「主よ……お呼びですか?」


 新しい人影が応えた。

 他の人影は、依然として微動だにしない。


 姿を見せぬ声の主が続ける。


「8号、お前に新たな役目を与える。

 だが、その前に今までの活動成果を聞こう」


「はい。

 この100年間で規定外の性能を開花させた個体は、合計3つ。

 全て処置済みです」


「そうか。

 決して発現率が上昇しているわけではない……。

 しかし、芽を摘む努力は徒労に終わったか」


「残念ながら」




「それで、新たな役目とは?」


「引き続き世界を監視せよ。

 ただし、今度は魔法のみならず、全ての知識を、だ。

 そして、データを蓄積せよ。

 ……失われた場合の保険だ」


 しばしの沈黙の後、低頭したまま、人影が問う。


「知識はここでは感知できません。

 定期的に現地調査を行う必要がありますが」


「構わん。

 ただし、あまり個体数を減らすなよ。

 バランスを欠いては、元も子もない」


「かしこまりました」


 今度は顔を上げ、空に向けて話かける。


「ところで、主よ。

 もし許されるのなら、私に名前をいただけないでしょうか?」


「名前……何故だ?」


「私という存在の礎(いしずえ)とするためです。

 数多の記憶と精神の海にこの身を沈めてもなお、私が主の道具であることを忘れぬように」


「…………」


 姿を見せぬ声の主が応じる。


「お前は私の創りし『ノア』のうち、これまで最も優れた働きをしてきた。

 いいだろう、名前をやる。


 お前を『ガージュ』と名付けよう。

 胸に刻め」


「有り難き幸せ。

 永劫、私が主の良き道具であり続けることを、この名に誓います」




「それでは、行きます」


 ガージュ。

 そう名付けられた人影は、闇に溶けるようにして消えていった。




「…………。


 ゆめゆめ、誤るなよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る