第3章 Part 9 坑道には地図が要る

【500.5】


 ガラム帝国帝都ディエバは、ネステアに隣接するライン山脈を越えたところにある。

 山脈内部の坑道を北西に進んでいけば、いずれ到達するはずだ。


 目的地まで、あと少し。




 坑道の入り口に、大きな看板が立っている。


「この先坑道、協定により、立入禁止」


 看板に手書きで付け足しされている。


「クロウラーの音を聞いたら、直ちに大人に知らせること!」


 クロウラー。

 ノリスに聞いたが、巨大な芋虫のような魔物らしい。

 そろそろ1体あたりの討伐報酬も高くなってほしいところだ。




 坑道に入ると、内部は湿気があり、独特の匂いが漂っている。

 レーリア地下道と同様に所々に灯りが設置してあるものの、こちらの方がずっと暗い。


 入り口からある程度進むと、道は左右にくねった後に2つに枝分かれしていた。


「どうする?

 コインで決めるか?

 表なら右、裏なら左」


 ギャンブル狂らしいジャックの提案を、アーサーが早々に却下する。


「いや、左に行こう。

 目的地は北西だから、少しでも近づく方が良いと思う」


 左のルートを選択する。

 しばらくして、メリールルが急に声を上げた。

「ストップ! 何か音がするよ」

 メリールルがその場に伏せ、地面に耳をつけて音の主を探る。




 ゴゴゴゴゴ……。




「この先、正面からだ!

 結構早いスピードで、こっちに近づいてくる!」


 全員が身構え、戦闘態勢に入る。

 楔を数個飛ばし、自身を中心に周回軌道を描かせる。


 穴の奥から現れたのは、濃い緑色の胴体をくねらせ、坑道の壁面を削りながら突進する、巨大な虫だった。


 噂に聞いていたクロウラーだ。


 不気味に黄色く光る6つの目玉が坑道の暗がりに揺れながら、猛スピードでこっちに来る。

 想像よりずっと大きい。

 坑道が胴体で丸々塞がるほどだ。


 とっさに全員が左右の壁に張り付き、隙間で一度やり過ごそうとする。

 アーサーだけは、瞬時に左右の短剣を抜き、すれ違い様にクロウラーの胴体に切りつけた。

 バシャバシャと緑の体液を噴き出しながら、胴に長い切り込みが入ってゆく。




 15メートルほどの長い胴が通り過ぎた。

 私達に怪我はない。


 だが、何か様子がおかしい。

 今度は四方八方から、穴を這い進むクロウラーの地響きが聞こえる。


「え、何?

 アタシら囲まれたの!?」


 一体いつの間に?


「クソ、ここはヤバい。

 移動するぞ!」

「みんな先に行って!

 私は一度ならアイソレートで壁を出せる。

 後ろから追ってきたら使うわ!」

「それは止めた方がいいよ、ドロシー。

 MPの消費が激しいし、敵に挟まれたら対処できない」

 確かにアーサーの言うとおりか。


 少し進むと、音が急に止んだ。

 いや、1つだけ聞こえる。後方からだ。


「どうなってるの? 1匹だけになった?」

「わからない。とにかく前進しよう!」


 やがて、少しだけ開けた場所に出た。

 採掘用の資材が置かれている。

 壁面には、合計7つの横穴が見える。


 音が近づいてくる。

 正面左側の穴からだ。

 ジャックは水筒を開け、水の球を作り始めた。


 左の穴から、クロウラーが躍り出る。

 今のところまだ1体だけだ。


 巨大な両顎を左右に開き、メリールルめがけて突進してくる。

 メリールルは攻撃を避け、胴に膝蹴りを食らわせた。

 クロウラーはまた穴の1つに入ってゆく。


 正面の穴から再びクロウラーが姿を見せた。


「クソ!! 今度は俺か!」


 ジャックが水の刃で横っ腹を切りつける。

「コイツ痛みを感じねーのか!?

 動きが全然変わんねー!」


 ゴゴゴゴゴ……!!


 まただ。

 またあらゆる方向から音がするようになった。


 攻撃されると仲間を呼ぶのか?


 緑色の血だまりを観察していたジャックが叫んだ。


「分かったぞ!

 音のカラクリは、こいつの体液だ!」

「体液?」

「ああ。この緑色の体液、感覚魔法を放出してやがる。

 数が増えたんじゃねえ!

 俺たちの聴覚が撹乱されてるだけだ!」


「じゃあ、どうすんのさ!

 何とかしてよ!」


 ジャックの方に振り向いたメリールルに、すぐそこの穴から飛び出したクロウラーが襲いかかる。

 ジャックが水の球をクロウラーとメリールルの間に滑り込ませ、間一髪で大顎から逃れる。


 確かに、音の正体が分かっても、対策が思いつかないと、一方的にやられるだけだ。

 現在地点は既に、奴の緑色の体液が散乱している。

 鼓膜がビリビリと震える。


「頭が痛い!

 音がさっきより強くなってるよ!」

「ええ? 何だって!?」




 空間干渉魔法を、何か有効に活用できないか?

 目を閉じ、感覚を研ぎ澄ます。

 自分達がいる、この空間をイメージする。


 すると、私を中心にして光の帯が同心円状に広がった。

 水面に落ちた雫の波紋のように。


 分かる。

 7つの穴のうち、クロウラーがどこから近づいてくるのか。


「左から3番目よ!!」

 一番近くにいたジャックの耳元で叫ぶ!


「ああ!? おう!!」

 ジャックが水を1つにまとめ、言われた穴に向けて構える。


 その次の瞬間。

 来た!

 狙った穴からクロウラーが姿を現した。


 顎を左右に大きく開かせ、ポッカリと口を開けている。

 ジャックはすかさず水をクロウラーの口から体内に全て飲み込ませた。

 ジャックの右拳が勢いよく開く。

 同時にクロウラーは胴体から水の刃を飛び出し、破裂した。


 水と一緒に奴の体液が辺り一面に飛び散る。




 クロウラーは地面に転がり、動かなくなった。

 やがて、煙のように蒸発し、同時に体液も消えてゆく。


 倒した。

 体液が蒸発したことで、騒音と頭痛も治まった。

 坑道内が静寂を取り戻す。


「ドロシー、あんた最後何で出てくる場所が分かったの?」


 質問するメリールルに、腕のインジケーターを見せる。


「スキャン 消費MP72」




 戦闘が収まり、改めて周囲の状況を確認すると、この場所はかつて坑道で水晶を掘っていた頃の集積地跡であることが分かった。


 残された資材の中に、坑道内部の地図を発見。

 これを持たずに坑道に入った私達も、ずいぶん無謀な人間の集まりだと、少し反省する。


 地図によると、この先にまだ掘り尽くしていない水晶鉱脈があるようだ。

 良質な水晶が見つかれば、持てるだけ持って行こう。




 そして、3時間後。

 ポケットとバッグは水晶でパンパンだ。


 こういう仕事なら、私の操作魔法も役に立つ。


 出発し、しばらく歩いたところに、赤い境界線が引いてあるのを見つけた。


 ジャックに尋ねると、解説してくれた。

「赤い線は、自然神教国ネステアとガラム帝国の国境線だ。

 昔はここに両国の国境監視部隊が常駐してたんだろうが、魔物が出てからは見ての通りほったらかしだ。


 そもそも、十年ちょい前にエルゼ王国とガラム帝国の3回目の戦争が始まった。

 ネステアは中立的立場を取ると表明しつつ、裏ではエルゼ王国を支援してたはずだ。

 それが、魔物の出現によって停戦状態となり、各国が魔物から国を守る対魔戦争を始めた。

 だからネステアとガラムの両国が協定を結んで、ライン山脈の坑道そのものを閉鎖したんだろう


 皮肉なものだな。

 害悪でしかない魔物が、人間同士の戦争を止めているだなんて。




 2日後、暗いトンネルの先に白く小さな光を発見。

 出口だ。


 開ける視界。


 その先には、高さ10メートルはあるだろうか。

 巨大な城壁が、延々と視界の果てまで続いていた。




 ガラム帝国の帝都ディエバ。

 魔法発見の地にして、ファラブス運営本部のある帝国最大の都市だ。


 あなたは今もこの町にいるの?

 ……ユノ・アルマート。


 ~第3章 帝都ディエバを目指して 完~

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