第3章 Part 8 「時間」
【500.5】
慰霊碑はすぐに見つかった。
教会を出てすぐの場所が広場になっている。
その広場を見渡すように、教会の反対側に慰霊碑が鎮座しており、月夜の下で漆黒の影をこちら側に落とし込んでいる。
慰霊碑には、「ライン鉱脈戦争において無念にも犠牲となった者たちの安らかな眠りと、この国の平和を祈って」と碑文が彫られている。
無念にも、ね……。
裏側に回ると、3名の名前があった。
トーマス・レオンヒル
エリーゼ・フォックス
マリア・フォックス
やはり、第3代神父トーマス・レオンヒル、つまりシーナ・レオンヒルの父親も、この戦争で亡くなったようだ。
後ろ側から押してみると、慰霊碑は広場の側にスライドして移動し、地下に続く階段が現れた。
順番に階段を下っていく。
少しずつ空気がヒンヤリと冷たくなっていく。
しばらく階段を降りると、石造りの扉が見えてきた。
丁度広場の真下辺りだろう。
扉は鍵などかかっておらず、そのまま開けることができた。
一層強い冷気が放たれる。
扉の先の小部屋は、氷室になっていた。
「拠点の冷蔵室みたい」
メリールルが言った。
壁面に氷属性魔法がかけられ、自ら冷気を発し続ける部屋。
大きさこそ違うが、拠点にもある冷蔵室と原理は同じだろう。
中心にベッドが置かれている。
その他は何も無い、石畳の一室。
4人が入ると、それだけで窮屈さを感じるほどだ。
ベッドには、誰も寝ていない。
ベッドの枕のすぐ上、空間上に半透明の物体が浮いている。
はじめは空渉石かと思ったが、これはサイコロ形ではなく、完全な球形をしている。
そのほか、赤い色や、半ば透けているところは空渉石と共通している。
「空渉石じゃないかも。
ちょっと触ってみるよ?」
恐る恐る球体に触れる。
すると、指が触れた瞬間、強烈な閃光が走った。
目を開けると、一面の白。
接続空間に移動しない。
やはり、これは空渉石じゃない。
おまけに、自分の身体を認識できない。
他の3人のことも。
目の前に、数字が浮かんでいる。
【484.6.14】
数字に触れようと、手を伸ばしてみる。
伸ばしている感覚はあるのだが、手自体は視認できない。
すると突然、視界が氷室に戻った。
しかし、そこにいるのは自分たちではなく、ベッドで眠る「私」と、3人の若い女性だった。
まるで自分と同じ空間にいるかのように、リアルで立体的な映像。
「何だこれ!?
映像が頭に浮かんでくる!?」
ジャックが混乱している。アーサーもだ。
姿は見えないが、他の3人も同じ映像を見ているようだ。
「さっきの数字、日付だとすると、484年ってライン鉱脈戦争のあった年だよね?
ってことは、これは過去の映像!?」
「みんな落ち着いて!
とりあえず、映像に集中しましょう!」
3人の女性のうち、真ん中にいる子が口を開いた。
長い黒髪の女の子だ。
「マリア……何でマリアが……」
右隣にいる白髪の子が、真ん中の子に問いかける。
「シーナ。
レオンヒル神父は、マリアの状態を何か言ってなかった?」
真ん中の子が答える。
「魂が……もう消滅したと……」
今度は左隣の子が2人に向けて言った。
茶色い髪を後ろで留めている。
「私達見たんだけど、帝国の兵隊も同じようになって倒れてた……。
それにあの光……。
何か関係あるのかな?
ガーベラ先生も、光のせいだって」
左の子に同意するように、右の子が応じる。
「ええ。
あの光は、地下にいる私とユノも感じるほど大きなものだったわ。
光の中心は……そう、教会の方角じゃなかったかしら?」
涙を拭きながら、真ん中の子が言った。
「残りの兵隊の殆どは逃げていったけど、戦争はまだ終わってない。
一段落したら、あの光のことも父さんに聞いてみる……」
再び白い光に包まれた。
今度は別の数字が浮いている。
【494.4.25】
今度は今から6年ほど昔の日付だ。
ネットワークの運用が始まったのが5年前だとマルテルは言っていた。
その少し前か。
数字に触れる。
再び氷室が映し出された。
今度はベッドで寝る私の他に人影はない。
そこに、1人の女性が入ってきた。
先ほども写っていた、白髪の女性だ。
白髪の女は無言でベッドに眠る私を見つめている。
しばらくして、片手を伸ばし、私に触れた。手を握っている。
私の身体が、白髪の女とともに一瞬のうちに消え去った。
これは……テレポート?
後には、何も無い氷室とベッドが写る。
映像はこれで終わりのようだ。
白い光があふれ出し、しばらくして収束した。
私達は、元のように氷室に立っていた。
映像を見た4人の意見は、概ね一致していた。
まず、あの映像はこの場所の過去の記録であり、はじめの映像の3人が、私の同級生であるという、シーナ・レオンヒル、ユノ・アルマート、ナターシャ・ベルカだということ。
そして、真ん中にいた黒髪の女性、彼女が若き日のシーナ・レオンヒル、左の茶髪の女性がユノ・アルマートでまず間違いない。
残る1人、はじめは右側におり、2番目の映像では1人で私を連れ去った白髪の女性、彼女が恐らくナターシャ・ベルカだろう。
そこで、拠点の大部屋にあった水晶を思い出した。
そうか、あの水晶の中に入っている人物、あれはシーナ・レオンヒルとナターシャ・ベルカだ。
仮に2人が水晶漬けになって死んだのが同じタイミングだったとして、後半の映像ではナターシャ・ベルカは生きていた。
ということは、あの映像の494年以降に何かがあったのだろう。
そしてそれは、彼女らが手がけていた計画の産物、ネットワークが稼働を始めた時期と重なる……。
恐らく、ネットワーク計画を進める上で、何かが起きたのだ。
――人が「ネットワーク」を使うことの是非を見極めてほしいのです――
なるほど……。
書き置きの主が私に何をさせたいのか、その答えに私は近づいて来ているんだ。
氷室から出た私達は、その足で見張りを続けているノリスの元へ向かった。
「おお、君たち。
見つからずに終えられたようですね。
何よりです。首尾はいかがでした?」
「ありがとうございました。
お陰で私自身に関わる色々な情報を得ることができました。
無理を言って、すみませんでした。
あと……これ。
戻し損ねたんです」
教会の鍵束を差し出した。
「これは……。
分かりました。
後で私がそれとなく戻しておきましょう」
その日はベッドに入ってもしばらくは寝付けなかった。
色々と考えてしまうのだ。
まず、明日から何て名乗ろう。
私は「マリア・フォックス」と呼ばれるべきなのか?
それともドロシーのままの方が良いのか?
相変わらず記憶は戻らず、マリアの名にも思い当たるものはない。
そして、今まで書き置きの指示のとおりに行動してはいるものの、今後もそれを続けて良いのか……。
翌日の早朝、ノリスにユノ・アルマートについて聞いてみた。
彼が言うには、アルマートは戦争孤児としてこの町に来て、そしてライン鉱脈戦争の後しばらくしてから、何も言わずに去ったそうだ。
私達はノリスとショーンにお礼を言った後、ネステアを後にした。
北側、つまりライン山脈側の出口の近くに、通算3つ目の空渉石が設置してあった。
これでいつでもネステアを訪れることができる。
私の新しい能力は、インジケーターに「ビジョン 消費MP0」と表示されていた。
この能力は、恐らく空間干渉魔法とは異なる種類のものだ。
私達はこれを「時間干渉魔法」、そして球形の結晶体を「時渉石」と呼ぶことにした。
ビジョンのスキルは、過去の出来事を調べる私達の旅に、これからも役立つだろう。
昨日の夜は、あれこれ考えたけれど、朝になったら自然と吹っ切れていた。
朝一番で、メリールルが私のことを「ドロシー」と呼んだ。
うん。私はドロシーのままでいい。
今は真実に近づくことだけを考えよう。
悩むのは、全てを知った後でいくらでもできる。
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