第3章 Part 7 記録
【500.5】
「お願いします……!」
扉の奥から、突然声が聞こえた。
危うく鍵束を落としそうになる。
心臓に悪いなもう……。
「お願いします、自然神様。
もう一度御慈悲を……」
キースの声だ。
もう1つの声が、ゆっくりとした口調でキースの懇願に答える。
2人で会話をしているようだ。
「以前与えてやったではないか。
食う手段と、戦う手段を」
「しかし、アークは奪われてしまいました。
奪還に向かった同胞は、ことごとく帰ってこなかった」
「アークは、そう易々と創れるものではない。
お前達に与えた、あれ1つしか無いのだ。
それに、アークが奪われたこと、ガラム帝国には気付かれていまい。
抑止力として、十分機能しているだろう?
上々ではないか。
一度テストをして帝国兵を沢山殺した甲斐があったな」
「ですが、その状況もいつまでもつか……」
しばらく静かになった後、また会話が再開された。
もう行こう。
資料を見つけることの方が先決だ。
2階に戻り、書庫を開ける。
様々な書物が本棚にしっかりと収納されている。
一般に市販されている類のものが多いが、いくつかはこの町に所縁のある本も混じっている。
ふと、製本されていない書類の束が目に留まった。
表紙には、『天の光 試験計画』と書かれてある。
中をめくって読んでみる。
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アークには、凄まじく強力なソフィア収集機能が備わっている。
その絶大な効果を利用することで、兵器として運用することが期待できる。
アークは、発動させると周囲の空間中からソフィアを強制的に引きつける。
その影響範囲内に人間などの生物が存在していた場合、体内のソフィアを全て奪われ、数分のうちに死に至るものと計算される。
アークの影響範囲を調整し、意図した場所に仕掛け発動させることができれば、建物や土地に損害を与えずに生物のみを殲滅する致死兵器として運用可能だ。
アークは、自然神様から与えられた「ネステア存続の希望」だ。
アークによる帝国兵への鉄槌を、以後「天の光」と呼び、実用化の計画を進め、帝国の襲来に備えるべきである。
473年12月10日
神父 トーマス・レオンヒル
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同じ筆跡で追記されている。
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ライン山脈内でソフィア感応水晶の鉱脈が発見されたことで、現在にわかにガラム帝国との緊張が高まっている。
彼らが我々の権益を侵すなら、「天の光」を行使する絶好の機会となろう。
制御機能と殺傷能力の検証を兼ね、実行に移す時は近い。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄  ̄
何だこれは……?
私は、ライン鉱脈戦争で死亡したと、ノリスは言っていた。
天の光が帝国兵を追い返したとも……。
あまり1つの場所で時間を費やしてはいられない。
考えるのは後にして、次に行こう。
一番奥の部屋は、神父の執務室だった。
鍵を解錠し、部屋に入る。
大きな机の上に、分厚い手帳のようなものが乗っている。
この手帳は、どうやら歴代神父の残した記録のようだ。
先ほどの書類のこともあり、トーマス・レオンヒルが書いた部分から読んでみる。
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469年7月1日
本日、私トーマス・レオンヒルが自然神教会第3代神父に就任した。
全身全霊をもって職に臨み、この国の発展に貢献したいと思っている。
とは言え、この国は貧しく、弱い。
かつてこの国が帝国から独立できたのは、レーリア大陸南部の援助があってこその結果だ。
現在この国にかつてのような国力は無く、国を盛り立てる勢いもない。
私が神父に就任し、まず考えなければならないのは、この国の防衛だ。
魔法戦力で大きく勝る帝国に対抗するには、我々も技術と知識を磨かねばならない。
今後はより魔法教育に力を入れ、若者の育成を目指す。
しかし、それだけでは帝国からの脅威を押さえるには足りない。
何か抜本的な手段はないだろうか。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄  ̄
この日の記述はこれで終わりだ。
次のページには、また別の日付の記録がある。
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473年9月24日
これは正に奇跡だ。
本来姿をお見せになる筈のない自然神様が、迷える我らの元に降臨された。
姿は見えないが、影の中から我々に語りかけるのだ。
自然神様は「アーク」と「グレース」をお与えになった。
これらはこの国の窮状を救う、一筋の光となろう。
特にアークは、帝国に対する強大な抑止力となり得る。これこそ我々が求めていたものだ。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄  ̄
ここから大分期間が空いている。
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484年6月13日
アークは正常に発動した。
だが、これは成功と言えるものではない。
巻き込まれたマリア・フォックスと、その母エリーゼが犠牲となったのだ。
娘のシーナに何て声をかけ、慰めればいい?
言葉が見つからない。
取り返しのつかないことをしてしまったのだ。
シーナはマリアの死を受け入れられずにいる。
マリアの肉体を保存し、いずれ自分が彼女を治療すると言って聞かない。
シーナの望みを尊重しよう。広場に設ける慰霊碑の地下に、マリア・フォックスの遺体を収容する空間を作ることに決めた。
時間でも巻き戻さない限り、マリアの魂は戻らない。
だが、無駄だと分かっていても、これであの子に生きる目的が芽生えるのなら。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄  ̄
トーマス・レオンヒルという神父の手記は、ここで途絶えている。
その代わり、別の人間の手記が始まった。
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484年6月29日
第4代 アダム・ガーベラ
先代のトーマスと、マリア・フォックスの件は残念だった。
私も、残された者たちを見ていて辛かった。
だが、下を向いてばかりもいられない。
臨時ではあるものの、私が神父の職を引き継ぐ。
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残念だった……?
私の件は分かるけど、トーマスも?
トーマス・レオンヒルも死亡したっていうこと?
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485年2月12日
新たな問題が浮上した。
アーク発動のいきさつを、
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ̄  ̄
このページは以降が破れて欠損している。
次のページは途中から文章が続いている。
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は、我々を疑っている。
485年4月15日
恐れていたことが現実となった。
我々「大人達」が抱いていた罪悪感に対する罰なのか……。
アークはもう我々の元にはない。
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485年4月23日
我々は、この国を守る義務がある。
それは感傷よりも優先すべき責任であることは明白だ。
アークを取り戻すのだ。
私とルーカス、ヨハンの3人で奪還に向かうこととする。
我々が戻らなければ、神父の職はキースに託したい。
彼は勤勉で、用心深い。この国を守ってくれるだろう。
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アダム・ガーベラの手記も、これが最後だ。
察するに、奪還の旅から戻らなかったのだろう。
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486年10月1日
第5代 キース・ルーマンズ
何で俺が。俺は神父になんてなりたくなかった。
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キース……。
現在の神父か。
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495年12月19日
確かにアークは兵器として有用だったかも知れない。
だが恐らく、その本質を我々の誰もが理解していない。
そもそも、影の中から語るあの声は、本当に自然神様なのか?
神は、現れないからこそ、神と言えるのではないのか?
あのお方を崇め、従うことこそ、自然神教の教えから外れる異端行為なのでは?
神の顕現を認めることこそ、究極の偶像崇拝ではないのか?
何が正しい? 何が嘘だ?
我々はどこで間違えた?
俺にはもう分からない。
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手帳の最後に記された文章の日付は、今日のものだった。
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500年5月27日
マリア・フォックスが現れた。
何故? 天の光に巻き込まれ死んだはずでは?
ここ数年、慰霊碑地下を誰も顧みなかったが、さきほど確認すると、確かに遺体は無くなっていた。
恐ろしい。
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一度行ってみよう。慰霊碑地下に。
私達は、教会を後にした。
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