第3章 Part 6 マリア

【500.5】


「マリア! マリアだよな!?

 俺だよ、ショーンだよ!」


 突然何を言っているんだ?

 この青年は……。


「……え?」

「知り合いか?」


 ジャックが背後から声をかける。


「……いえ、でも……。

 もしかしたら……」




 ショーンと名乗った青年に自分に起きたことの概要を伝える。

 そう。

 もしかしたら、私の失った過去が、この地にあるのかも知れない。


「記憶喪失……?

  何も覚えてないのか……。

 でも、その外見は間違いないよ!

 マリアだよ!」


 ショーンはそう言った後、ふと暗い表情となった。

「でも……マリアは戦争で亡くなったって……」

「亡くなった? 私がですか?」


 その時、奥に見える家屋の扉が開き、別の男が出てきた。

 歳は40くらいだろうか。


「どうした、ショーン?」


 そして、私達の存在を視界に捉え、私を見るやいなや、驚きの表情とともにショーンと同じ言葉を呟く。


「マリア!」

「そうなんだよノリスさん!

 マリアが生き返ったんだ!」


「まさか……そんな奇跡が……!」

「とりあえず、こんな場所で立ち話もなんだし、集会所に来いよ!」


 そう言ってショーンは私の手を引き、柵の中に迎え入れようとする。


「待て。勝手なことをするな」


 奥からもう1人、男が現れた。

 2人目のノリスという男より、少し年齢を重ねているようだ。

 髪には所々白髪が混じっている。


「キース神父……」


 キースと呼ばれた男が続ける。


「厄介事は、いつも外から持ち込まれる。

 その者たちを、この町に入れることはできん」

「でも神父、マリアが帰ってきたんですよ!?

 冷たいじゃありませんか!」


 反発し始めた若いショーンを、キースがたしなめる。


「マリア・フォックスは16年前に死んだ。

 遺体は保存していたが、その女がマリア本人か怪しい。

 それに、取り巻きの連中が問題を起こさんとも限らん」


 それを聞いて、メリールルの怒りスイッチが入る。


「あ? アタシらが何だって!?」


 やめてくれ!

 こじらせないで、メリールル!


 その場をなだめたのは、ノリスだった。


「まあまあ、これも自然神様のご意志かも知れません。

 1日くらいは、いいでしょう? キース神父。

 長旅で疲れている様子。

 邪険にしてはかわいそうだ」


「…………。

 仕方ない。

 休息と補給くらいは許してやる。

 ただし、一晩休んで支度を整えたら、すぐに出て行ってくれ」




 ショーンとノリスに案内され、酒場の2階、集会所へ通された。

 町の中は活気がなく、人も多くない。


 大きな丸テーブルを囲んで皆で席に着いた。ノリスが話を切り出す。


「さっきはすみませんね。

 この国は弱い。生きていくだけで精一杯なんです。

 国を守ろうとしているキース神父のことを、悪く思わないでください。


 キースさんは、16年前のライン鉱脈戦争の頃から教会役員だった大人達のうち、唯一の生き残り。

 神父の立場を継いでから、この町をどうすれば守り抜けるか、いつも必死なんです」


「神父? 教会のおっさんが、何でそんなに偉いの?」


 メリールル、もう少し聞き方を何とかできないか……。


 ジャックが答える。

「ネステアは自然神教の教えに従うことが第一の国。

 神父は教会の代表というだけでなく、国の指導者も兼ねてんだ」


「そうです。

 自然神教は、時の流れに逆らわず、あるがままを受け入れることが善行とされています。

 戦う手段も多くは持ちませんし、この国が衰えていくのも自然神様のご意志かも知れません……」


「それなら、ライン鉱脈戦争の時、なぜ強力な帝国軍を撃退できたんですか?」

 アーサーの質問に、今度はショーンが答えた。

「それは『天の光』のお陰さ!

 俺たちの素直な行いが神様に届いて、救いの光を与えてくださったんだって。

 光を恐れて、帝国兵は逃げ帰ったのさ!」

「そういうことです。

 天の光が注ぐ前に亡くなってしまった人もいましたがね。

 マリア。君や、君のお母さんのように」


 ノリスの言葉にハッとする。


「私の……母?」

「はい。

 君のお母さんも、ライン鉱脈戦争で亡くなった。

 お父さんはその3年後、病気で亡くなられたんですよ」


 ショーンが呟いた。


「マリアが元気になった姿を、マリアの両親やシーナ達にも、見せてやりたかったなぁ……」


「シーナ? シーナって、まさか……」


「そう。シーナ・レオンヒル。

 君の同級生は立派に成長したんですよ。

 生物学者のシーナ・レオンヒル、魔導師ナターシャ・ベルカ、それにユノ・アルマート。

 ユノはふらっと町を出て行ったきり、どこで何をしているのか分かりませんが……。

 君たち4人はいつも一緒にいる、親友だったんです」


 ノリスの言葉に、私達は驚きを隠せない。


 魔導師会のメンバーのうち3人が、私のかつての親友……?


「あの、ノリスさん。

 もっと私と彼女たちのことを、聞かせてください!」


「そうですね……。

 私は君らがいた頃、ちょうど町を出ていたし、ショーンはまだ小さかった。

 君たちの戦争前後のいきさつに関しては、私達よりもキース神父の方が詳しいんですが……」

「キースさんはマリア達のことを迷惑がってる。

 あの頃のことを聞いても、多分話してくれないよ?」


 ショーンの言うことはもっともだ。

 やがて、ショーンが1つの案をひらめいた。


「そうだ!

 教会に忍び込んで記録を見るのは?

 教会の中にはいろんな資料が残ってる。

 キースさんに直接聞くより確実だよ!」


 そんなことしていいの?


 ノリスは乗り気ではない。

「うーむ……。

 神父に見つかったら、えらいことになるぞ」

「大丈夫だよ!

 俺も一度、度胸試しに夜中に入ったことあるけど、夜になるとキースさん最上階に籠もっちゃうから」


 ノリスは少し考えた後、申し訳なさそうにショーンの案に乗った。


「仕方がない……。

 すみませんがそれでいいですか?

 丁度今夜の見張り番は私です。

 教会の鍵を貸しましょう」






 私達は、不要なトラブルを防止すべく、集会所で夜まで大人しくすることにした。


 アーサーはしきりに外の景色を見ている。


「この町の人々は、どうやって生計を立てているんだろう。

 それらしい産業が見当たらない……」


 ノリスの話によると、頻繁に魔物の襲撃に見舞われ、農作業ができなくなってしまったそうだ。

 私達が道中蹴散らした体長30センチほどの昆虫型の魔物なのだが、それが40~50匹まとまって畑を荒らしに来るという。


 おぞましい……。


 道中にあった祠――ミノタウロスが縄張りにしていた場所――についてノリスに聞いたところ、あれは自然神教の教祖エディ・キュリスが生前使用していた住居なのだそうだ。

 ノリスは自然神教の成り立ちに関する書物を見せてくれた。




 今から120年ほど前、ガラム大陸南部にてエディ・キュリスと名乗る男が自然神による世界の創造を最初に理解した。


 火神教徒とソフィア教徒の争いが続く狭間の地で、彼は二大神の無力を説き、時の流れそのものが自然神の恵みであり、全ての生命は自然神によって創られ、その死さえも自然神の意によると民に伝え歩いた。

 人は無力であり、神に願うことは意味を成さない。

 我々に出来ることは、生と死を与えてくれる神に感謝することだけだと。


 いつしかその地は自然神の信徒で賑わい、彼らは自分たちを「自然の子ら」と呼び、コロニーを形成するに至った。


 しかし、自然の子らの信仰を異端と決めたガラム帝国により、教祖キュリスは殺害され、自然の子らも弾圧を受けた。

 30年以上に及ぶ弾圧と独立戦争に耐えしのぎ、自然の子らが独立を勝ち取った頃、その地は自然神教国ネステアと呼ばれるようになっていた。

 教祖エディ・キュリスは、預言者として伝説となり、今でも彼らに希望を与えている。






 深夜になった。

 町の人間は寝静まったようで、物音1つしない。

 よし、行動開始。


 私達4人は、ノリスから教会扉の鍵を受け取り、教会の前で集まった。


「じゃ、開けるよ……」


 物音を立てないよう、ゆっくり大扉を開ける。


 教会の中も静寂が満ちており、靴の音が周囲に反響する。


 ふと、目をやると、奥の方に端末が設置してある。

 近寄って見てみると、どうやら神父がログインしたままで放置されている。


「ちょっと触ってみるよ」


 アーサーが画面を操作した。

 商人ギルドとの物資流通記録が残っている。

 農作物を大量に納品することで、町としての収入を得ているようだ。

 アーサーが不思議そうに呟く。


「あの荒れ果てた畑では、作物の生産は無理だと思ったけど……。

 一体どうやってこれほどの生産量を?」

「さあな。

 村の外に耕作地があるんじゃねえの?」

「いや、どうだろう。

 離れた耕作地を魔物から護るような兵力や設備があるようには見えなかったんだ」


 将来的に国政に携わることになるアーサーには、ネステアの国情が気になるようだ。




 端末には、物流記録以外に目に付く情報はなかった。

 端末を離れ、他の場所を探す。


 どうやら1階には巨大な礼拝堂があるだけで、資料の類は置いていないようだ。


 2階に上がると、いくつかの部屋がある。

 しかし、そのどれもが扉に鍵がかかっており、玄関の大扉の鍵では開けることができなかった。


 入れる部屋を探しているうちに、更に上階への階段を見つけた。

 吹き抜けの塔のようになっており、螺旋階段が連なっている。


 このままでは帰れない。行こう。


 静かに螺旋階段を登る。

 やがて最上部の扉が近づいて来た。

 扉の奥から暖かな光が漏れている……。


 神父がいるようだ。




 扉をよく見ると、ドアノブの上に鍵が差してあり、しかもその鍵は、リングで束ねられた鍵束と1つになっている。

 これ、教会内の全ての鍵では……?


 振り返り、皆に目配せをする。


 彼らは無言で頷いている。


 やっちゃうよ?

 見つかったら、一緒に怒られてね?




 私はゆっくりと、音もなく鍵束を引き抜いた。

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