第3章 Part 5 運命の地、ネステア

【500.5】


 まるで、スローモーションのように、眼前の景色が移り変わってゆく。


 赤く、深く……燃えるような瞳が、はるか高みからこちらを見下ろしている。


 リヴァイアサンが口を開け、近づいて来る。


 長く鋭い歯が、一列に並んでいる。

 その一本一本が、雷光を受けて白く反射している。




 その次の瞬間。

 リヴァイアサンの上下の顎が、音もなく空中で何かにぶつかり、押し戻された。




 壁がある……。

 見えない壁が……。


 それは、私達とリヴァイアサンの間に突如出現した。


 波の動きから察するに、その大きさは直径30メートルほどの円形。

 海面と垂直にそそり立っており、何度リヴァイアサンが体当たりをしても、音もなく身体がはじき返される。




「何だ!!? 壁!?」


 2人も壁の存在に気付いた。


 光を反射することもなく、ただ空間を隔絶するように鎮座する壁。


 この壁を、私自身が出したということに気付くまで、大分時間がかかった。


 私の中で、何かが弾けるような感覚を感じ取る。

 つぼみが、花開くような……。


 不思議な説得力をもって、自分の能力であると確信する。




 リヴァイアサンが壁の構造をようやく認識し、その側面に回り込んで追撃を再開する。


 いける。もう一度出せる気がする。


 手を、リヴァイアサンに向けてかざす。


「待って!」


 アーサーがそんな私に気付いて、制止した。


「慌てないで!

 インジケーターの確認を!」


 我に返り、腕のインジケーターに目をやる。

 見ると、残りMPは35。

 スキルを確認。


「アイソレート 消費MP100」


 100!?

 顔を上げ、アーサーを見る。


「ネクタル取ってくる!!」


 ネクタルを2、3本掴み、急いで飲み干す。


 えも言われぬ高揚感が、全身に広がっていく……。


 考えろ……。

 どうすれば、効果的に足止めできる……?


 力が身体にみなぎるのを感じる。


 溜まった! 100MP!




 もう一度、手をリヴァイアサンに向け構える。


 そして、壁の形状をイメージしながら、強い思念を手先に集中させる。


 ヴンッ!!


 思ったとおりに出た!


 海面上5メートルほどの高さに、40センチほどの帯状の見えない壁が浮いている。

 その幅は、約200メートル。

 リヴァイアサンと私達の船との間に引いた境界線のように、その場に出現した。


 リヴァイアサンは、巨体故にその横長の壁の形状を正しく認識することが出来ず、身体のどこかを引っかけては前に進めないでいる。


「やった!」


 アーサーが歓声を上げる。

 ジャックもこちらを振り向きながら、遠くなる海のヌシの姿を見て笑い出した。


「ははは! スゲー!!

 スゲーけど、地味ーー!!」


 やがて、リヴァイアサンの姿は見えなくなった。






 それから丸2日。

 ジャックは一睡もせず、ネクタルを飲みながら船を前進させ続けた。

 そして……。




 海路5日目、5月15日。晴れ。


 遂に陸が見えた。


 メリールルは、アーサーの必死の看病により徐々に傷を回復させ、この頃には何とか自力で立てるようになっていた。

 船を岸に寄せ、錨を降ろす。

 全員に安堵のため息が漏れる。

 残りのネクタルは、たったの2本だった。


「着いたね……ガラム大陸」


 アーサーが、噛みしめるように言った。




 ガラム大陸に到着したはいいが、私達は、結局そこから2日、船内での寝泊まりを余儀なくされた。


 まず、メリールルがまだ完全に回復していない。

 そして、新たにジャックがダウンした。

 熱を出してうなされている。

 ネクタルに頼って無茶しすぎたせいだろう。


 ここから最寄りの町、つまりネステアまでは、普通に歩いても3日はかかる。


 船内で待機していた2日間、私はずっと見えない壁のことを考えていた。


 インジケーターには、スキル名が「アイソレート」と表示されていた。

 アイソレート、つまり、分断・隔絶。


 恐らくあれは空間干渉魔法だ。

 単純な力であれば、リヴァイアサンは圧倒的だった。

 それなのにどうしても破れなかった壁。

 ということは、あれは物理的な防壁ではなく、空間そのものの連続性を絶つ、そう考えた方が自然だ。


 それにしても、消費MP100は大きすぎる。

 空間干渉魔法っていうのは、そんなに魔力を使うものなの?

 テレポートを何回やったって、全然MP減らないのに……。


 船酔いは治ったけど、あのとき飲んだネクタルのせいか、胸焼けが酷い。






 ジャックの熱が引くのを待って、私達はネステアの町を目指して歩き始めた。


 途中、かなりの数の魔物に遭遇した。

 確かにブルータウン周辺よりは危険性のずっと高い個体が多い。

 しかし、海路を渡りきった私達にとっては、大きな脅威となることはなかった。


 海路と違って、ここで活躍したのがアーサーだった。

 彼は火神教に古くから伝わる二刀流の短剣を持って美しく舞う戦闘法「炎舞」を習得していた。


「元々炎舞っていうのは、火神アイリス様に奉納する舞いの儀式だったんだよ。

 僕はそんなに上手な方じゃないけどね……」


 アーサーは常に自信なさげだが、彼は炎舞に加えて強化魔法で物理攻撃力、自然治癒力を上昇させることができ、更に特殊な呼吸法によりアイテムやジュエルに頼らずに魔力回復効率を上げる「練気」という技まで習得している。

 こと近接戦闘においては、私達の中で右に出るものはいなかった。


 逆に、大きく戦力ダウンしたのがジャックだ。

 辺りに水がないと彼の魔法は意味を成さない。


 彼は、「無限の水筒」という魔法アイテムを所持しており、何の変哲もない小さな水筒なのだが、かなりの量の水を入れて携帯することが出来る。

 それでも、水筒から水を出すのに時間がかかる上、戦闘後に回収できない水も多いため、一回の戦闘で使う水を節約し、小さな水の刃を作っている。


 何でも、

「地面に落ちた水とかまで全部回収すると、後でこの水筒めちゃくちゃ臭くなるんだぜ」

 とのこと。




 海路に比べ、地上での道のりは大きなトラブルなく順調に進んでいた。


 ただ、一度だけ、手も足も出ずに撤退した相手がいる。


 それは、経由地のネステアにほど近い、古びた祠のような場所を護るようにうろついていた、半人半牛の魔物だ。


 後になってハンターギルドがユニークターゲットに指定し、強敵と認めている「不死のミノタウロス」との呼び名を持つモンスターであることが分かった。

 あまりにも生命力が強く、どんな傷を負ってもたちどころに回復してしまう。

 それに加えてかなり凶暴で、巨大な戦斧を振り回して襲ってくる。


 自分のテリトリーとしている祠から離れれば追ってこなかったため、結局討伐を諦め、私達は祠を後にした。






 船を出発してから3日後、私達は経由地であるネステアの町に到着した。


「ここがネステア……?

 大分荒れているね」


 アーサーや私は、ここに来る前、ネステアがその町だけで1つの国家だと聞いてきた。

 そのため、眼前に広がる光景に驚きを隠せない。


 町の周囲に張り巡らされていたであろう木の柵は、所々が壊れて意味を成さなくなっており、その中の田畑は手入れされておらず、雑草が生え放題となっている。


「ああ、かなり貧乏になったな。

 昔来たときは、こうまで寂れちゃいなかった」


 ジャックは以前ネステアとも交易をしており、何度か立ち寄ったことがあるそうだ。


「シケた町だね~。

 アタシの生まれ故郷と、何か同じニオイを感じるな~」


 何とか門の外見を保っている場所の真下に、1人の青年が槍を持って立っている。

 警備をしているのだろう。


 入門の交渉をするため、青年に近寄ろうと歩を進める。

 すると、青年が叫んだ。


「止まれ! お前達!

 ネステアの人間じゃないな!?」


 私達は、危害を加える意図のないことを示すため、その場に止まり、答えた。


「怪しい者ではありません。

 私達はガラム帝国を目指して旅をしているんです。

 長居するつもりはありませんので、せめて補給だけでもさせて貰えませんか?」




 門番の青年は、私の言葉に答えず、私を凝視している。


 ……あれ? どうしたんだろう?


「……あのー。すみません……。

 聞こえてます……?」




 青年は呟くように言った。


「マリア……!」

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