暴れ牛と夜明けの唄 20『夜明けの唄 後』

 サファの小さな手に、エリュシオンが作っていたような光の玉が、あっという間に出来上がった。


 夜が薄らんでおり、夜明けが近いことを告げる。

 大きく息を吸った。この高い場所から見られる陽の出は、さぞかし綺麗なのだろう。それを、想像をしながら、ゆっくりとわたしは唄い始めた。


 この曲は、もう一度魂送りをする事になったら、と思って、軟禁されていた間に作ったものだ。


 こんなに、早く唄うことになるとは思ってなかったけど、戦闘を見せてもらってよかった。


 前の唄も嫌いじゃないけど、なんとなく、足がついてない、宙ぶらりんな感じが、どうにも気になっていた。


 思いと、イメージが加われば、詞をつける事はそこまで難しくない。詞を作っていた時に、最初に思い浮かんだのは、孤児院の部屋の窓から見ていた景色だった。


 わたしは、きっと同じである、目の前に広がるそれを、瞳いっぱいに映し、目をつむり重ねる。


 この街がどういうところか知っていたら、とも思ったけど、どの場所でも、死んだ人をいたむ気持ちはそれほど変わらない、かな?



 子守唄を聴いて眠る子供か? サファの唄う様子が、アシェルには、何かに安心して、身を委ねているように見えた。



 『ひとつ無くなる命があれば

  ひとつ生まれる命もある


  狭い部屋から見る空は

  まだ出会わぬ誰かが見る空と同じ

  なのに、見る人が違えば

  曇って見える事だってある


  大事なのは、なんだろう

  逸らさない強さ?


  それは、大きな世界のとても小さな事で

  人ではないのかもしれない

  だけど、出会いが待っていると思う方が

  空は、より澄んで見えることだろう


  一人でも生きて行ける

  そこに、思い出ができれば希望になる


  見えないところで支えている人はきっといる

  全部なんて欲張ったことは言わない

  ひとつ知る毎に広がる大海原

  踏み出すことは、弔う者への敬いと感謝


  そして、思う

  人は一人では生きてはいけないのだと  』





 

 誰も知らない唄なのに、どことなく懐かしさを感じさせる旋律。大空から降ってくる唄声は、大聖堂の鐘が、遠くまで響く音によく似ていた。


 大気が呼名するように、渦を巻き吸収されていく。光の玉は、どんどん凝縮されて、小さいのに、とても巨大だ。


 く……っ! どんだけ溜めるんだよ。


 アシェルは魔力が多い方だったが、その巨大な魔力に彼をも圧倒させ、フィリズは既に放心していた。



 主題になる手前で、両手の魔力を落とすと、爆発したかのように魔法陣が、ぶわっ、と広がった。打ち合わせの通り、50メートル以上はあるだろう。


 おいおい、なにが『ぎゅっ』で、何を落とすんだ?


「はは……」


 流れた汗が、顎からしたたる。これを、この目の前の少女がしていると思うと、足先から頭のてっぺんまで、ビリビリした感覚が走り、アシェルはもう、笑うしかなかった。



『昇ってきて』


 そう、聞こえた気がする。


 下の方から、ふよふよと光虫が登ってくるのが見える。いつもなら、地上で見ている魂の姿が、自分たちを撫でながら、更に高みに昇っていく。


 魔方陣の上におろすと、彼女はふたたび両手を合わせて、立体魔法陣を作り出していた。



 空が更に明るくなり、水平線に溶けた太陽が、顔を出して、人前にでる準備をするかのように、丸い形を作っていく。


 サファが足下に光玉を叩きつけると、魔法陣は二重となり、輝き出した陽の出とともに、地上が癒しの光で照らされた。


 ”天使の梯子”といわれる、幸せを呼ぶ ”薄明はくめい光線こうせん


 傷ついた地が癒され、亡くなった者へは、慈悲深い道標となる。



 魔法陣の真ん中は、金色で、まるで麦畑にいるかのように明るい。表情は見えず、だけど、強い意志を持つ、小さな背中。両手を広げると、この土地を完全に支配していた。


 なぜこの背中に、羽根が生えていないのか?


 ぼんやりと眺めながら、ふと思っていると、この姿を、告げ知らせたいのに……許されない事への不満が募る。


 唄が終わっていき、地上からは喝采かっさいが聞こえていた。だけど、この功績は、彼女のものにならないの事が、アシェルは悔しくて堪らなかった。


 アシェルは満身まんしん創痍そういのサファを、自分の外套マントでしっかり包み、眉間にシワを寄せる。


 俺も、もっと力をつけなきゃいけない。


 感じたことが、自分の背中を押す。アシェルは、国の王子として、自分が今後していかなければならない事に対し、諦めではなく、新たに決意をしていたのだった。


          ※


「凄いな、フィリズ! あんなに唄えるなんて知らなかった!」

「次も頼むぞ!」

「お疲れ様です、アシェル殿下!」


 地上に降り立った2人の周りには、あっという間に人だかりができた。フィリズは何も言わず、青い顔をしている。


「ほらほらっ、2人とも疲れてるから通して!」


 グイッ、と人を押しのけ、エリュシオン達がやってきた。


「お疲れ様、とにかくテントに行こ」

「そうだな」

「……大丈夫?」

「え? どうした?」


 アシェルが首を傾げた。エリュシオンとアレクシスが顔を見合わせる。それは、彼が泣いているように見えたからだで、本人はどうも気づいていないらしい。


 アレクシスが肩を竦める。


「早く行こうぜ」

「そうだね、フィリズも来るんだよ」


 突っ立っていたフィリズの服を、エリュシオンが引っぱる。アシェルが大事そうに外套を抱えなおし、4人はまっすぐ野営地まで戻ってくると、テントの出入り口を閉めて、ようやく息を吐き出した。

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