祭事の補佐 6『少女の変身』

 予定より1日早く、エリュシオンはやって来た。


「約束の品だよ、結構、自信作なんだから」


 中に入るつもりはないらしく、窓の外でケリュネイアにまたがったままの弟から、木の箱を受け取った。


 さきセルの、なめらかな曲線が目に入る。中には、変哲へんてつのない、小さな眼鏡が入っていた。


「普通の眼鏡に見えるな」

「変わった眼鏡じゃだめでしょ?」


 エミュリエールは眼鏡を手り、色々な角度から眺めていた。


「ちょっと貸して、ほら」


 エリュシオンが、レンズ越しに自分の瞳をエミュリエールに見せる。すると、紫色の瞳は、あお色へと変化していた。


「なるほど、これなら大丈夫そうだ。相変わらず、器用だな、お前に頼んでよかった」

「そんなめられると、照れるから」


 少し顔を赤くしていたエリュシオンは、顔をで、そのまま、帰って行った。



           ※



 春が近づき、暖かい日が続いている。

 祈念式の準備は一旦いったん止められ、サファはいつも通り、掃除をしていた。


 あの日の事は、特にとがめられたりしなかった。


 ハーミット様は、大丈夫かな。私のせいで、怒られていないといいんだけど……


 魔術を使おうとされたのは、正直、すごく怖かったけど、謝ってほしいとか、おびをしてもらいたいわけじゃない。


 欲しいのは、静けさと、踏み込まれない、という安心感だった。


 そういえば……


 先日の事を考えていて、話す事がまだあった事を思い出す。


 だって、エミュリエール様が、あんなに驚くから。

 髪の色と、体の痣のこと。

 また今度、話さなくちゃ……


 サファはそう思って、また、手を動かし始めた。



 7日の間、ハーミットは、全く姿を見せなかった。


「サファ、この後、執務室に来てくれ」


 昼ごはんを食べていると、エミュリエールから、声がかかった。今は、レイモンドだけが、彼の後ろに立っている。


 言われた通りに来てみると、部屋にはエミュリエールしかいなかった。何かを持っていて、サファに手招きをした。


「開けてごらん」


 渡されたのは、木箱。中には眼鏡が入っていた。


「君の目を隠してくれる眼鏡だ」


 手に持って、サファは首を傾げていた。


「誰もいない、かけてみてくれるかい?」


 かけている眼鏡を外し、付け替える。だが、そのままでは、前髪に隠されて瞳は見えなかった。


「前髪、切ってもよいだろうか?」

「でも……」

「大丈夫、何かあっても、私がどうにかする」


 迷う。

 不安しかなかった。


 だけど、このままじゃいけない、と、わたしより、わたしのことを考えてくれている、エミュリエール様の気持ちもよく分かった。


 サファは、言いかけた言葉を止め、代わりにコクン、とうなずいた。


 パラパラと切られて落ちていく髪。


 何年も、閉じこもっていた視界が、ひらけていく。長年、一緒にいた相棒がいなくなった心許こころもとなさでサファは目を泳がせていた。


「ほら、見てごらん」


 すごい。


 エミュリエールの顔を見上げた。


「私も、こんなによく作ってくれると思わなかった」

「これを、手に入れるのは、すごく大変だったのではないですか?」

「そうでもないぞ? 私の弟が作ったものだからな」

「エミュリエール様の?」


 エミュリエールは、嬉しそうに話していた。


「そうだ。弟は昔から器用で、いろんなものを作ってる」

「魔道具屋さんをしているんですか?」

「ははは」


 エミュリエールは、後ろを向いて引き出しを開けていた。布のような物を取り出し、腕に抱える。


「私は……訳あって出家しゅっけしててな、代わりに弟が、城での職にいている」


 あまり聞かれたくない事なんだろう。


 サファは俯いて、斜め下に視線をわせていた。


「そんな顔するな。優しい子だな」


 エミュリエールが頭を撫でて、サファに何かを差し出した。それは、この前、ハーミットが用意していたような色鮮やかなものではなく、白いブラウスと、黒いスカートという、落ち着いた色の服だった。


「着替えておいで」


 隣の部屋に連れてかれ、扉が閉められる。ベッドがあり、どうも寝室らしい。


 言われた通りに着替えていると、執務室しつむしつに誰かがたずねてきた声がした。ボソボソと報告らしい会話をしている。


 わたしは、かなり耳がいいみたいで、一回聴くと、誰の声だか分かる。内容まではわからないけど、この声は、レイモンド様だ。


 閉じていた目を開けると、机の上に、紫色をした魔石のペンダントと、横に置かれた花の飾りで飾られた、写真立て気づいた。


 これは、エミュリエール様のお母さんかな?


 とても優しく笑う彼女に、サファの口もとも、少しあがった。


「着替えは終わったかい?」

「ひぇっ! すみません」


 つい、盗み見るような事をしてしまった。

 そんなわたしを見たエミュリエール様も、目を見開いていた。


「声をかけても、返事がなかったもんだから。早く来なさい」


 あ、ドアの外が、眩しい。


 西陽にしびが強く差し込んでくる時間だった。



 新しい世界に踏み込むような、緊張を覚え、サファは部屋から足を、一歩、外に出した。






 着替えていると言っていた彼女が、部屋から出てきた。


 エミュリエールが満足げに微笑む。


「っ!」

「っ!!」


 ハーミットもレイモンドも、水鉄砲みずてっぽうを喰らったような顔をしていた。




 もこもことした灰色の髪は、腰まで下ろし、透き通った色白の小さな顔には、上品な眼鏡がかけられている。

 大きな瑠璃るりの瞳をせ、長い睫毛まつげが影を作った。


 小さい体に合わせた、白いフリルのついたシャツの胸元に、瞳と同じ色のリボンがつけられ、たっぷりとした布で作られた、黒い色のスカートは、歩くだけでふわりと広がった。




「すみません。やっぱり、どこかおかしいでしょうか?」



 面々めんめんが首を横に振る。彼女は、部屋の真ん中まで来ると、不安そうに2人を見て、首を傾げた。


 2人の目に映るのは、以前とは想像もつかないほど、可愛らしさと、謎めきを、兼ね備えた、美しい少女の姿だった。

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